人間ってこんなにも残酷な生き物なんだね そして最も残酷な人間はきっとこの私なんだろうね どうしてもどうしても授業を受ける気になれなくて。 渋沢くんに言付けて逃げてきたのは屋上だった。 いつも三上と一緒にサボっていた屋上。 いつも三上が座っていた場所に座ってボーっと遠くを見つめた。 三上がいなくなってから、どれほどの時が流れたんだろう。 通夜やら葬式やらしてた頃は騒いでいたものの、藤代くんや渋沢くん、周りのみんなもだんだん日常に慣れ始めてる。 三上 亮がいない生活に‥ 私もまた、その大勢の中の一人なのかもしれない。 そんなことを考えつつ、そっと目を閉じた。 温かい温かい太陽の陽光を身体いっぱいに浴びる。 「!」 バシッと後頭部に痛みが走るとともに名前を呼ばれた。 聞き覚えのあるその声に、私は頭を押さえて慌てて振り返った。 「み、三上?!」 「なーにシケたツラしてんだよ!」 そこにいたのは間違いなく三上 亮で。 私はただ茫然と三上を見上げた。 「おーい、チャン。ちゃんと起きてるか〜?」 三上がヒラヒラと私の顔の前で手を振ってみせる。 「いや、マジで寝てるかも」 だって三上はもう‥‥ 「じゃあ、俺サマが確認してやるよ」 ニヤリと笑って、三上は(たぶん)思いっきり私の頬を引っ張った。 「いひゃいいひゃい!はにゃひて〜」 あまりの痛みに私が騒ぐと、三上はあっさりとその手を離した。 「ったく痛いなぁ。手加減してよ」 赤くなっているであろう自分の両頬を摩りながら三上を睨む。 しかし三上には悪びれた様子は微塵もない。 「お前がバカなこと言ってるからだろ。勝手に人のこと夢にしてんじゃねえよ」 「ゴメンゴメン」 そうだよね。だってこんなにも心地好いんだもん。 でも逆に心地好すぎるからこそ夢じゃないかと思っちゃうんだよ。 「三上、ゴメンね」 微妙にさっきと違うことに気がついたのか。 三上は私を抱きしめてくれた。 「謝らなくていい」 「だって私‥泣かなかったんだよ?」 三上が死んだのに‥ 私は泣かなかった。大好きな人がいなくなったのに泣けなかった。 「ごめんなさい‥」 「謝るなって。お前が悪ぃわけじゃねぇんだから」 「でも…」 言いかけた言葉はキスに遮られた。 触れた三上の唇が氷のように冷たくて冷たくて切なくなる。胸がいたむ。 泣けない自分を呪いながら私は三上に抱きついた。 そのまま私たちは抱き合っていた。ずっとずっと。 「なぁ、。名前、呼んでくれねぇか?」 ふいに耳もとで囁かれた三上の言葉。 私は理解したと同時にすぐ首を振っていた。 「呼べない。そんな資格ないもん」 彼女と呼ばれるだけの資格が私にはない。 「資格なんか関係ねえよ。あの時は呼んでくれたじゃねぇか」 「だってあの時は‥」 最初で最後だと思ったから。だから‥ 「もう一度、お前に呼んで欲しいんだよ。この俺サマが頼んでんだから、お前は素直に呼べばいいの」 相変わらず偉そうに言う三上に呆れて思わず笑ってしまった。 まったく、死んでも三上は三上のままなんだから。 「わかった。三上サマの仰せのままにしましょう」 笑ったまま三上を見上げると、最初からそうしときゃいいんだよと小突かれてしまった。 「おい、早く呼べよ」 「う、うん。わかってる」 でも、なんか本人の目の前でいざ呼ぼうとすると恥ずかしいっていうか、メチャクチャ抵抗があるっていうか。 「‥‥‥‥亮」 小さく小さく名前を呼んだ。 呼び慣れないせいか、どこかこそばゆい感じがする。 聞こえたかな? 見上げてみると、聞こえたことには聞こえたらしいけど、どうやらお気に召さなかったらしく、三上はしかめっ面を浮かべた。 「もっと大きく。もう一度言ってみろ」 「‥‥‥‥あ‥きら」 「‥‥もう一度」 「‥あ‥あ‥‥きらぁ‥‥」 それがスイッチだったのか、せきを切ったように涙が溢れてきた。 止まることのない涙で視界がどんどんぼやけていく。 抱きしめてくれている亮の顔も見えないくらいに。 「‥っく‥‥ひっ‥く‥‥」 「‥」 ぺろりと涙を舐め取られて私はすごく驚いた。そんな私の顔を見て亮が笑う。 「しょっぱいな」 「ばか‥当たり前じゃん」 私は泣きながらも笑った。 「‥」 耳元で優しく囁かれて。 包み込むように頬に手を添えられて私は静かに目を閉じた。 交わされてキスはやっぱりしょっぱかった。 2002/03/08 |