ありがとうなんて 神に感謝したりするガラじゃないけど、 敢えて感謝をするならきっと神になるんだろう。 素直じゃない俺が 自分の気持ちを伝えられる日を作ってくれた世界に。 「おい」 部活が終わり、早々と着替え始めた藤代の背中に声をかけた。 「買い物あるから付き合え」 それだけ言って、まっすぐ自分のロッカーに向かう。 返事がないから振り返ると、藤代はポカンとしたマヌケ面で俺を見ていた。 「おい、聞こえなかったのかよ。このあと付き合えって言ったの。まさか断りはしねえよな?」 別に大した買い物でもない。それに今日じゃなくていいことだ。 言い出したのも突然だし、ダメだと断られればそれまで。そうは思っていても‥ 「もちろん行きます!」 笑顔の答えに安心した自分がいた。 「今日、なんで誘ってくれたんすか?」 買い物が終わって寮への帰り道。 藤代はどこか俯に落ちないという感じで尋いてきた。 確かに俯に落ちないだろう。 今まで俺から誘うなんてことは絶対になかったし、藤代が誘ってくれたときは必ず跳ねつけてきてたんだから。 「お前と二人きりになりたかったから」 藤代がどんな顔するか楽しみで、半分笑いながら答えた。 藤代は部室のとき同様、やっぱりマヌケ面を見せた。 「くくくっ‥バーカ、なに本気にしてんだ。今日、4月1日だろ?エープリルフール」 まさか本当だなんて言えるわけがなく。言うつもりもなく。 追求がくる前に何かないかと探した。 「おい、喉渇いた」 どこか慌ててる自分に笑いを隠せぬまま、自販機を指差して藤代に言った。 「‥それ、奢れってことっすか?」 「そーゆーこと♪ほら、早くしろよ」 なんで俺が‥とか文句が聞こえたけど、もちろん無視。 近くのベンチに座り、藤代の姿を遠くに眺める。 『偶には素直になってやったらどうだ?』 フッ‥と渋沢の言葉が頭をかすめた。 「わかってる」 伝えたいと思ったから、わざわざ連れ出してきたのだ。 今日しかないと感じたから。でも、いざとなると言葉にならない。 「何がわかってる、なんすか?」 はい、と缶コーヒーを差し出しながら藤代が尋いてきた。 それを受け取り、スッと立ち上がって藤代の耳もとで囁いた。 藤代だけに伝わるように。 たった一言。たった一言だけ、自分の気持ちを。 言葉に表してしまえばこんなにも短いのに何故こんなにも果てのないような感覚に捕らわれるんだろう。 「帰ろうぜ」 視線を落として藤代を見ずに木色のベンチをあとにする。 陽はもう落ちてしまっていて空色からうっすらとすみれ色に変わり始めている。 そのうち紺になって真っ黒になってしまうだろう。 「三上先輩」 当然のように後ろからかかった藤代の声に振り返った。 藤代はベンチの前に立ったまま、俺をみつめていた。 俺たちの間の距離は4〜5メートルってところ。 あまりにも中途半端な距離だ。 見える位置にいるのに触れられない。こんなにも近いのに届かない。 「今の言葉、本当っすか?」 嘘に決まってんだろ。マジに聞こえた? そう返すつもりだった。 だけど、言う前に無駄だと気づいてしまった。たとえ言ったとしても、当たり前のように見破られる。 「なんで言ってくれたんすか?」 一歩、藤代が俺に近づいた。まだ届かない。 いつもの俺ならここで逃げていた。 相手が一歩前に出たら一歩後ろに引く。 距離は永遠に縮まらない。 「わかってます?」 一歩。また一歩と距離がなくなっていく。 わかった。いや、わかってたんだ。無駄なんだってことは。 認めようが認めまいが勝敗は変わらない。 気持ちを伝えた瞬間に。この強い瞳に捕らわれた瞬間に。 俺の負けは決まっていたんだから。 「三上先輩」 触れられる距離にきても、藤代は手を伸ばさなかった。 もちろん、俺も伸ばさない。ただ待ってる。 「俺、ぜったい離しませんから」 俺を抱き締めながら藤代は小さく囁いた。 「取り消しは?」 手をまわさずに、けれど拒絶もせずに聞いてみた。 藤代の答えはわかっているけれど。 「それはダメっす」 「‥‥藤代、今日は何の日だ?」 きっとこれが最後の抵抗。しても無駄だとわかってる。 だって藤代は気づいているから。 「エープリルフールでしょ?ちゃんとわかってますよ。嘘だって」 「本当じゃねえからな」 本当じゃない。 だって伝えた言葉は嘘の嘘なんだから。 「わかってます」 藤代はそう言って微笑むと、俺の耳もとで囁いた。 たった一言。たった一言だけの愛の言葉。 きっと、ずっと、俺はこの言葉に支配されていくんだろう。 そう思ったらなんかシャクに障ったから かるく一発殴ってやったけど、藤代は変わらず嬉しそうに笑っていた。 素直になんかなれない プライドを捨てられない 今までの自分を変えることなんてできないから 素直じゃない自分を彼は許してくれたから 甘やかされる限り俺は嘘つきでいよう なんか予定してた感じと違う話になってしまった。気持ちを伝えて終わりのはずだったのに‥ 素直じゃない三上先輩を素直にさせるネタって浮かびやすいです。 2002/04/15 |