「ねぇ、今日買い物に付き合ってくれないかな?」 真っ青な空を泳いで、ルカに着く直前、突然部屋を訪れたユウナが言った。 まさかユウナの口からそんな言葉を聞くなんて思ってなくて、俺は驚いた。 あれから部屋に戻って、冷静になった頭でいろいろ考えてたんだ。 朝になってユウナに会ったら、いったいなんて説明をしようかと。 だって昨夜の俺は、ただ悪い夢を見ただけと言うには、あまりにも不自然な態度だったと思ったから。 「ダメかな?」 何も言わず黙っている俺に、その事で考え込んでると思ったらしい。 「ダメならいいんだ。急にゴメンね‥」 「いや、ダメじゃない!もちろんいいっスよ。付き合うっス」 「ホント?じゃあ、行こう!」 「ねぇねぇ、これ可愛いと思わない?あ、こっち見て。凄く綺麗だね」 楽しそうにガラスの向こうを指差すユウナの姿をみつめながら、俺は頷いた。 こうやって見てると、ユウナは買い物を楽しんでるただの女の子だ。 とても先日まで、命を賭けてザナルカンドを目指し旅をしていたなんて信じられない。 きっと俺も、こうやってすれ違っていく他人となにも違わない風に見えるんだろう。 俺は、ずっと特別であることが嫌だった。 俺が何をやっても、どんな凄いプレーをしても、みんなジェクトの息子って単語でくくられてしまうことが嫌で嫌で堪らなかった。 そんなこととは比較にならない特別。 泣きたくなる。 こんなことを、誰が予想できただろう。 だって、突然知らない奴にお前は夢なんだ。なんて言われても‥普通信じられるか? 今ここにいる俺が祈り子の見ている夢? 痛みも悲しみも、恐怖もちゃんとここにあるのに、俺はここに存在していないなんて、信じられるわけない! ユウナの、そばにもいられないなんて‥ シンは親父だから、それが心に引っ掛かってないって言ったら嘘になるけど、でも、親父もそれを望んでる。 だからシンを倒して、親父の望みを叶えて、そしたら伝えるつもりだったんだ。 俺はユウナが好きだって。 一番好きだから。ずっと、ずっと一緒にいようって。 でも、すべてが終わったら俺は‥ 「どうしたの?」 消エテシマウ。 「大丈夫?」 間近に聞こえたその声でハッと我に返った。 少し前を歩いていたはずのユウナが心配そうに俺を見つめていた。 「あぁ、大丈夫っス。ゴメン。ちょっとボーっとしてて」 「顔色が良くないよ?どこかで休もう?ね?」 俺の言葉を鵜呑みしないで心配してくれるユウナに笑ってみせた。 手を引いてくれるその温かさが、とても嬉しかった。 死にたくなんかない。消えたくなんかない。 そう思う。 できることなら先にある未来から逃げ出してしまいたいと。 だけど、俺が消えなきゃスピラはずっとこのままなんだろう。 永遠に変わることなく、ずっとシンに脅えて犠牲の上にまた犠牲を重ねていく。 そんな運命から、この温かさを守りたい。 守りたいと思ったから、今俺はここにいる。 ユウナを守るために、千年もの間繋がったままの鎖を切るために、俺はここにいるんだ。 「ユウナ」 「ん?なに?」 キョロキョロしながら先を歩くユウナに声をかける。手を繋いだままユウナの足が止まった。 「あの夜、マカラーニャの泉で言ったこと覚えてるか?」 「‥うん。覚えてるよ」 答えたユウナは少し恥ずかしそうな表情をした。 「ガードするから‥」 あの時以上に強い思いを込めて言うと、ユウナは静かに頷いた。 「究極召喚は捨てちゃったけど、私はスピラを救いたい。スピラに住んでいる人みんなに私のナギ節を過ごしてほしい」 「もちろん君にもね」 最後の言葉にドキッとしたと同時に痛みも走る。 それは守りたかったけど、もう果たせない約束だから。 ユウナ、俺怖いんだ。怖くて怖くて仕方がないんだ。 でも、俺も逃げないから。 君が恐怖から逃げなかったように、俺も頑張ってみるから。 「俺、ユウナを絶対に守るから」 「うん」 手を引き寄せて苦しいくらい強くユウナを抱きしめた。 最期の別れを告げるその一瞬すら笑っていられるように願いを込めて。 ユウナの持つ強さを少しでも分けてもらいたくて。 「ずっと側にいてね」 「‥うん‥」 ユウナ、これから俺はもっと君に嘘をついていくだろう。 とても残酷な嘘を。 近い未来、俺は此処からいなくなるだろうけど、その代わりに遺していくから。 君の手にシンのいない幸せな日々を。 変わることのない平穏な日々を。 永久のナギ節を‥ 他の人間なんてどうでもいい。 この世界に生きる誰よりも大切な君の為に。 ゴメンネ―…‥ 2004/02/06 |