人間、なぜか嫌な予感ほど当たってしまうもので。

こうなったら引き返せない。

ちゃんと責任とってもらわなきゃな。
















「おや、変なところで会いましたね」
どこからかかった声を、このときほど聞き間違いだと思いたかったことはなかった。
空耳だ、気のせいだと自分に言い聞かし、気づかないふりをとおそうとしたが、相手はそれを許してはくれない。
「なにをしていらっしゃるんですか?美堂くん」
肩を掴まれ、蛮はしかたなくふりかえった。
黒の帽子に黒の長いコート。
108つの武器を持つ、運び屋業界最凶最悪の男。赤屍 蔵人。
「そういうてめぇこそなにやってんだ?」
無粋なことは聞くなと口には出さずに蛮は聞き返した。
この辺りがどういう場所か、まさか赤屍が知らないわけがない。
その昔、幼かった蛮が生きていくために生活の糧を手にいれていた場所。
卑弥呼の兄、邪馬人と出会い、奪い屋を始めようと決めた場所。

そして、銀次と一緒に奪還屋を始めてから二度と来ないと思っていた場所。

「私は仕事の帰りですよ」
こんなところを通るのか?と思ったが、赤屍が無駄なことをするとは思えないからそうなのだろう。
「なら、とっとと帰れよ」
邪魔だと犬を追い払うかのように手を振った。赤屍は小さくため息をついたが気を損ねたふうはない。
しかし帽子をなおしたので蛮からはちゃんと顔が見えなくなった。
「お客はとれたんですか?」
「これからとるんだよ、悪ぃか?」
「ではそのお客、私ではいけませんか?」
いつもと変わらない笑みで言う赤屍を蛮は信じられないという顔で見た。
あっけにとられ呆然とした表情。
でもそれは一瞬で、すぐにいつもの笑みを浮かべる。
「ふーん。お前が買うの?言っとくけど俺はそこらへんの奴より高いぜ?」
「依頼料をもらったばかりですから平気だと思います。どれくらいですか?」
その言葉を待っていましたとばかりに蛮はピッと指を2本立てた。
「どうする?」
「わかりました。行きましょう」
蛮の答えなどはじめからどうでもよかったかのように赤屍はさっさと歩き出した。
蛮はなにかの予感を感じたが、打ち消すように首を振った。
自分からふっかけておいて逃げるわけにはいかない。
開いた煙草の箱をポケットに押し込むと、赤屍の背中を追いかけた。





これといった会話も交さずに、入ったのは昔馴染みだったホテルだった。
部屋の中を見回し、変わってねぇなぁと懐かしそうに呟いた蛮に赤屍は浴室を指差した。
「美堂くんどうします?先がいいですか?」
赤屍に先を譲って蛮はベッドに腰かけた。
パタンとドアが閉まって室内に訪れたのは静寂。
途端にからだの奥から笑いが溢れそうになるのを、蛮は必死に堪えた。
まったく、想像すらつかなかった今の状況。
昔の客がつかまるとは思っていなかったが、こうなるとは思ってもみなかった。
まさか久しぶりのこの仕事の相手があの赤屍とはな。
いつものように煙草を吸おうとして、指先がかすかに震えてることに気がついた。
震えてる?なぜ?怖いのか?
まさか。そんなわけがない!
頭のなかに浮かんだ疑問を打ち消して、手の中の煙草を握り潰した。
かるく手を開くと潰れた煙草がボロボロと掌から落ちていく。
開いては閉じ、閉じては開くだけの単調な作業。
その様子をみつめて、なにを感傷的になっているのかと思う。
どれぐらいそうしていたのか。
少しの間のように感じたが、蛮が思っていたよりその時間は長かった。
「空きましたよ」
不意にかかった声。弾かれるように蛮は顔を上げた。
どうぞとタオルをはおったまま、赤屍は蛮から4〜5メートル後ろに立っていた。
赤屍が戻ってきていたことに気づかなかった自分に舌うちをして、蛮は横をすり抜ける。
赤屍はふりかえり何も言わずにただ笑っていた。





「いつもより長く入っていたつもりはねぇんだけど」
少しふやけてしまった体を抱きしめて、蛮は備え付けのバスローブをはおり部屋に戻った。
赤屍はベッドに腰かけ、どこから出してきたのかわからないワインを開けていた。
「遅かったですね」
「俺は長風呂なんだよ。悪ぃか?それより、そんなもんどこにあった?」
「冷蔵庫の中に。なかなか美味しいですよ。美堂くんもいかがです?」
空のグラスにワインを注ぎ、赤屍は蛮に差し出した。
まるで血のように…
いや、血よりも紅いように見える真紅のワイン。
部屋のライトのせいもあるかもしれないが、紅すぎるそれは不気味に見えた。
「どうしました?アルコールは駄目ですか?」
「いや、毒でも入ってんじゃねぇかと思ってよ」
「入ってませんよ」
「どーだかな」
いつもの笑みで軽口をたたきつつ、蛮はグラスを受け取った。
少し遊ばせてから一気にあおる。
冷たく冷えきったものがからだの中に落ちていく。頭の中まで透き通るような気がした。
「いかがですか?」
「まぁまぁ美味いんじゃねぇ」
「そうでしょう。こんなところにあるものにしてはいいものですよ」
せっかくだからもう一杯もらおうかと腕を伸ばしたら急に腕をつかまれた。
一瞬驚いて固まった後、赤屍の顔を見る。
口もとにはいつもよりずっと深い笑み。
本当に楽しいためなのか、心を探らせないためなのかわからない。
「なんだよ?放せ」
「美堂くんはなぜそんなに怯えているのですか?」
赤屍の言葉に蛮のからだがビクっと震えた。
…怯えてる? この俺が? 怯えてるだって?
「テメェなに言ってんだ?んなことねぇよ」
口もとだけ笑わせて睨むように赤屍を見下ろす。
変な気分だ。
たしかに俺が見下ろしているのに見下ろされているような気がする。
どうやら自分のほうが分が悪いと視線をそらしてグラスをテーブルに置いた。
そして赤屍の大腿の上に向かい合うように跨ると、肩口に額をのせて笑った。
「バカなこと言ってねぇでとっととヤろーぜ。…俺は忙しいんだ」
赤屍は短くわかりましたと答えると、残っていたワインを含み唇を重ねた。
生ぬるい赤の雫が蛮のからだの中と外を流れ落ちる。
飲みきれずにこぼれた外の赤は白のバスローブを綺麗に染めた。
口から伝うその様を見て赤屍はクスっと笑った。
「まるで血を流しているようで綺麗ですよ。美堂くん」
「この変態野郎が」
ベッドに横たえさせられ、蛮は今さらのように毒づいた。
その唇を塞いで、また触れるだけのかるいキス。
何度もまるで遊んでいるかのように。軽すぎてもどかしさを感じてしまうほど。
蛮の気持ちを読んだのか、柔らかい唇から首筋、そして鎖骨へ。
赤屍はワインの跡を追うように舌を這わせる。
「おい、痕はぜったいつけるなよ」
ペシペシと赤屍の背中をたたきながら言った。
「では、代わりになにかサービスしてくれますか?」
ビジネスなんですからという赤屍の言葉に蛮は少し考えた。
値引きをする気は全くない。
キスもさっきいっぱいしたからリップサービスをなくすのは惜しい。
と、なると。
「じゃあ好きにしていいぜ。っていうか始めからそのつもりだろ?」
「はい
蛮から許可がもらえたことで赤屍はとても嬉しそうだった。
もしかして早まったことを言っちまったか?と思い、取り消そうとしたが。
「今の言葉、取り消しはなしですよ」
赤屍の笑顔が駄目押しになり、蛮はため息一つで諦めた。
首に手をまわして引き寄せてキスをねだる。
触れてくる赤屍の指先が冷たく感じるのは蛮のからだが熱いせいなのか。
どちらかかもしれないし、どちらでもないのかもしれない。
思考は既に働いていなかった。
「はァ…ッ‥‥ん‥‥ああぁっ!」
冷たさと熱に浮かされて、身体の中から満たされて、その意識は闇へと堕ちていく。
















ごめんなさい!書こうと思って書き始めたけどやっぱり書けませ〜ん!
直接的な言い方を避けているのが丸わかりっすね‥ι
自習中にいったい何を考えてるんだ、私は。

2002/10/25



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