余計な言葉など要らない
ひとつの願いはその胸に
蛮は夜中に、とつぜん息苦しさを感じ、目が覚めた。
夜の闇にぼんやりと見える人影。よくよく見てみたがどうやら間違いない。
寝ている自分の腹の上にタレた銀次がチョコンと座っている。
「…人の腹の上でなにしてやがんだ、テメーは(怒)」
ねぼけてたなんてことは受け付けねぇぞという蛮の額には青筋がいくつか見える。
寝起きで機嫌が悪い蛮の様子を銀次は気にした風もなく、満面の笑みを浮かべて告げた。
「蛮ちゃん、星見に行こ♪」
「……はぁ?星?」
「そう。星♪シシザリュウセイグン、見に行こうよ」
「バカ言ってんじゃねぇ。俺は眠いんだよ。どけ」
上にのっていた銀次を吹っ飛ばし、蛮は布団を頭から被ってしまった。しかしこの程度で諦める銀次ではない。
「蛮ちゃ〜ん」
ゆさゆさ
「蛮ちゃ〜ん。俺、星みた〜い」
ゆさゆさ
「蛮ちゃ〜ん。シシザリュウセイグ〜ン。みた〜い」
「だーっっ!うっとうしいっ!行きゃあいいんだろ、行きゃあ」
結局、最後はこうなる(笑)
「で、なんで急に星が見たくなったんだ?」
てんとう虫を運転しながら蛮は尋ねた。
しし座流星群なんて、とても銀次が前から知っていたとは思えない。
それに去年のほうが騒がれたのに、銀次はそんなことで騒がなかった。
「今朝のテレビでシシザリュウセイグンの話してたの寝てて思い出したんだ。もうちょっとで寝ちゃうところだった」
去年も来てたんだね〜とほんわかしている銀次の隣で蛮は舌打ちをした。
そういえばやってたな。
チッ。くだらないことだけは覚えてやがって。
「流れ星に3回お願いすると願いが叶うんでしょ?」
流星群って字も書けないだろうにどうでもいいことだけは知っていやがって。
ま、それも銀次だからの一言で片づいてしまうのだが。
「消える前に、だけどな。銀次、お前なんて願いごとする気なんだ?」
「もちろん蛮ちゃんとずっと一緒にいられますよーにゥって」
「くっだらねぇ」
んなこと願わなくたって一緒にいるってのという言葉は心のなかだけで付け足して。吸い終わってない煙草を灰皿で揉み消した。
「くだらなくないよ。俺にとってはなにより大事なこと!」
「ふ〜ん」
ねらってやってるわけじゃないとわかってる。わかってるけど。
蛮は気のない返事を返しながら、顔がにやけないようにするのに必死だった。
来た場所は建物が軒並立っている街中から少し離れた河川敷。
街灯はぽつりぽつりとしかなく、川が流れる音だけで静かだ。
民家もあるのだが、ふつうなら寝ているはずの時間なので明かりのついた家もなく辺りは暗い。
星を見るには暗いほうが都合がいいので気にならないが。昼間に来れば少し殺風景な印象を受ける。
「ねぇ、蛮ちゃんはなんてお願いするの?」
「あぁ?」
車から降りて二人は河川敷に座り込んでいた。
てんとう虫のなかからも見えなくはないのだが、銀次がちゃんと外で見たいとねだったのだ。
寒いから嫌だと即答で拒否したが、結局のところ蛮も銀次に付き合っている。
「流れ星に。願いごとなにする?」
「そうだなぁ‥金持ちになれますように、とか。それが駄目ならせめて借金返せますように、とか」
「お金のことばっか。蛮ちゃん、俺とのことは?」
「さーな」
「蛮ちゃ〜ん。ひど〜い(泣)」
「「あっ…」」
とっさに願ったことは、偽りない本心からの願い。
「は、早いね。あんなスピードで3回も言うなんて無理だよ〜」
「単にテメーがトロいだけだろ」
あぅ〜と泣きながらタレた銀次を見ずに蛮は立ち上がった。
「え?じゃ、蛮ちゃんは言えたの?」
「俺を誰だと思ってんだ」
「だって蛮ちゃんなにも言ってなかったじゃん」
「口に出して言う馬鹿がどこにいんだよ。おら、もう寒ぃからとっとと帰るぞ」
「えぇ〜だって俺まだ言えてないよ」
「じゃ、一人でここにいろ。俺は帰る」
「あ、待ってよ。蛮ちゃ〜ん」
さっさと歩き出してしまった蛮の背中を銀次は慌てて追いかける。
冷たい空気のなか向けられた背中がどこか嬉しそうなことに銀次は気づいているだろうか。
余計な言葉など要らない 静かなる祈りと
ひとつの願いはその胸に 強き一瞬の炎を
すべては空の瞬きのみが知る
去年のしし座流星群すごかったですよね〜
皆さんは見ましたか?
2002/11/16
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