ねぇ、俺にも教えてよ そうすれば完全に消えるはずだから ふと、目が覚めた。ううん、最初から寝つけてなんかいなかったんだ。 理由はきっと昼間にちょっと‥いや、けっこう嫌なものを見ちゃったから。 蛮ちゃんが起きてたときはけっこう平気だったんだけどな。やっぱ気になっちゃうのはしかたないよね。 今日の昼間、久しぶりに仕事が入って、そんなに難しい依頼じゃなかったからすぐにこなした。 けっこうギャラが高くて、ここの家賃払ってもお金が残るからまともな食事をしようって話になったんだよね。 で、とにかくいっぱい食べたかったからコンビニの弁当にしようって俺が言って、どっちが買いに行くかでジャンケンになって、俺が負けちゃって、弁当買いに行って戻ってきたら、蛮ちゃんが俺の知らない人と話してたんだ。 お相手はヘブンさん並のナイスボディで蛮ちゃん好みの美人なおねーさん。 後で聞いたら逆ナンだったらしいんだけど、遠目から親しそうだったから知り合いなのかと思った。 むこうのおねーさんはすごくオシャレしてて綺麗で、蛮ちゃんはラフな格好だったのに、ぜんぜん不釣り合いじゃなかった。 それどころか、見てて、声がかけられなかった。 なんとなく感じちゃったんだ。 場違いだって。俺みたいな汚いガキんちょが近づいていっちゃ駄目なんだって。 蛮ちゃんに言ったらバーカって笑って殴られたけど。 自慢じゃないけど、俺だって逆ナンくらいされたことがある。 すごくかわいい女の子とか、大人っぽいおねーさんとかにも。 でもやっぱり蛮ちゃんのほうが圧倒的に数は多くて、その度に俺はヤキモチ妬いてそわそわしたりしてる。 けど、蛮ちゃんは違う。今まで蛮ちゃんからヤキモチ妬かれたことなんかない。 俺がナンパされててもしててもいつもみたく笑って、冷やかしたり、アホなことしてんじゃねぇって殴るだけ。 蛮ちゃんは大人だし、心が広いから妬いたりしないのかなって思うようになった。 でもやっぱりヤキモチ妬いてもらったほうが嬉しいし、しかたないことだけど。 あ、それよりも重大なこと! それは今まで好きだって言われたことがないこと。 言ってゥって頼んだけど蛮ちゃんは言ってくれなかった。 俺が言わなければ言ってくれるかもって思って前に一度だけ堪えてたことがあったけど、気がついたら好きって言ってた。 俺は単純バカだから思ったことをすぐに言っちゃう。 もう数えきれないほど言った言葉。何回言ったってぜんぜん言い足りないんだ。 蛮ちゃんはどうなのかな?そんなことないのかな? それとも俺のこと好きじゃないとか? どんよりとした雨雲を連想させる頭のなかに浮かんだ考えを追い出したくて強く頭を振った。 そのままボーっと天井を見上げてたけど、無性に蛮ちゃんの顔が見たくなって俺は蛮ちゃんのベッドのほうを見た。 俺、視力はいいほうなんだけど部屋のなかが暗くて蛮ちゃんの顔がしっかりとわからない。 そういえば前に寝てる蛮ちゃんの顔見てて怒られたことがあるんだよね。 キスしようとしたせいもあるかもしれないけど。 けど今日はちょっと見るだけだし、疚しい気持ちがあるわけじゃないんだから怒られたりしないよね? でも怒られたくないから起こさないようにしなきゃ。 俺は蛮ちゃんを起こさないようにそっと体を起こした。 けど静かにしようと思ったのが余計に駄目だったのかもしれない。 「‥ん?銀次?どうかしたのか?」 物音立てたつもりはなかったのに蛮ちゃんを起こしちゃったらしい。 違うベッドで、しかも少し離れて寝てるのに、よく俺が体起こしたって気づけるよね。 俺なんか毎朝たたき起こされなきゃ起きられないよ。 腹がへったときは別だけど。 「腹へったのか?」 「ううん、違うよ。ねぇ蛮ちゃん、そっちいってもいい?」 体を起こした蛮ちゃんが答える前に俺は布団を翻した。 蛮ちゃんの答えがOKであろうとNOであろうと、はじめから行くつもりだもん。さっさと蛮ちゃんのベッドに入り込んじゃわないと。 「…おい、俺はまだいいともなんとも答えてねぇぞ?」 「えへへ」 笑って誤魔化したら、蛮ちゃんはしかたねぇなぁってため息ついて端のほうに寄ってくれた。 その体を追いかけて俺は蛮ちゃんに抱きついた。 「おい、銀次。いい加減に‥」 「蛮ちゃん!」 たぶん寝起きで機嫌が悪いんだと思う。 言いかけた言葉を遮って、暴れる蛮ちゃんを強く抱きしめて腕のなかに閉じ込める。 触れ合ったところから蛮ちゃんの体温が伝わってきて、なんとなく嬉しくて頬擦りした。 「蛮ちゃん、あったかいね」 鼻を擽る蛮ちゃんの甘い匂い。 蛮ちゃんなんだから蛮ちゃんの匂いがするのは当たり前のことなんだけど。なんかすごく落ち着くっていうか、安心できるんだ。 卑弥呼ちゃんの毒香水じゃないけど、アロマテラピーの効果があるんじゃないかな? なーんて言ったらまたバーカとか言われて殴られちゃうから言わないけど。 「…銀次?」 俺の様子がいつもとちょっと違うと気づいたのか。 蛮ちゃんが腕の中から心配そうに声をかけてくれた。 「どうしたんだ?お前」 「べつになんでもないよ。ただ蛮ちゃんは美人だなぁと改めて思って」 そしたら抱きしめたくなっちゃってさと言うと、蛮ちゃんは固まった。 どうかしたのかな?と思って、顔を覗き込もうとしたらなぜか無言のまま殴られた。 「いっった〜い。いきなりなにするのさ、蛮ちゃん」 「マジ寝惚けてんのか?アホなこと言ってんじゃねぇよ」 あーあ、心配して損したと言ってそのまま背を向けられてしまった。 「アホなことじゃないよ〜本心だもん」 「じゃあアホに加えてバカだな」 「ひっど〜い」 完全に寝てしまった蛮ちゃんに倣って俺も横になった。 俺的には誤魔化したつもりだけど、たぶん誤魔化せてない。 わかっててなにも聞かないでくれる。 優しい蛮ちゃん。 ありがとうと言いかけて適当じゃないと思った。 だからその背をみつめて、黙ったまま声をかけた。 俺ね、蛮ちゃんがそばにいてくれるだけで幸せだよ。 蛮ちゃんが笑ってくれるだけで俺も嬉しくなれるんだ。 覚えてる?あの日、蛮ちゃん俺と約束をしてくれたよね? 蛮ちゃんは必ず約束を守ってくれる。知ってるよ。 知ってるのにどうして不安が消えないんだろうね。 頭が悪い俺にもわかるのはたった一つだけ。 「蛮ちゃん、大好き」 甘く甘くを目指して書いたんですが、イマイチなってない気がする‥ 2002/11/01 |