お風呂から上がったばかりでタオルを首にかけたまま。リビングを覘いたけど、蛮ちゃんの姿はそこになかった。

「蛮ちゃん?」

どこかな?と考えながら寝室を覘いた。
二人で寝るには少し狭い、中古のダブルベッドの上。
白いシーツの中に沈んでいる長い手足と黒い髪。

「蛮ちゃん寝てるの?」

声に出して問いかけてみたけど蛮ちゃんからの返事はない。
そーっと顔をのぞき込んでみると、俺を魅了する綺麗な瞳は閉じられていて、小さな寝息が聞こえてきた。

「うわっ、ホントに寝てる‥。」

もしかしたら寝たふりしてるだけかも、なんていう俺の淡い期待はみごとに裏切られてしまった。
頬を膨らませ、ぽすっとかるい音をたててベッドの端のほうに座る。

「ずるいなぁ。俺が前に起きてなかったとき怒ったくせに‥」

自分が眠いときはさっさと先に寝ちゃうなんて。
蛮ちゃんってばホントに自分勝手なんだから。

「でも、好きなんだよなぁ」

現実以上の幻を産み出す綺麗な瞳も。キツイことばっか言うこの柔らかい口も。
すべてを切り裂く細い指も。よく俺を踏みつける長い脚も。
白いすべすべの肌も。さらさらの黒髪も。
そう、まさに頭のてっぺんから足の先まで全部。好きなんだよなぁ。
蛮ちゃんのやることが理不尽だなと感じることがないわけじゃない。
でも、蛮ちゃんが好きだから、蛮ちゃんのそばにいられるから、で全部許せちゃう。
ホント、俺って相当蛮ちゃんに惚れてるなぁ。













しみじみ改めて感じていたら、どこからか時計の音が聞こえた。
あ、ヤバい。そろそろ寝ないと明日こそ仕事とらなきゃいけないし。
なんだけど。
蛮ちゃんが寝てるのってちょうど真ん中なんだよね。
ベッドは当然一つしかないし、風呂あがりに床で寝たら、いくら俺が丈夫っていっても風邪ひきそうだし。
…………端のほうで寝たら俺、ぜったい落ちるし。

「蛮ちゃん、ちょっとそっちに寄ってよ」

なんて、寝てるんだから言っても無駄なんだろうけど。
無理矢理入ったベッドのなか。
蛮ちゃんの手をつぶさないように退けて、イタズラ半分に手をまわした。
このまま蛮ちゃんを抱きしめて寝ちゃうっていうのもいいよな。
なんて思っていたら、蛮ちゃんがとつぜん寝返りをうった。

「銀次‥」

腕のなかに入ってきた細い体。俺のパジャマを掴むその力は夢なんかじゃない。

「ば、蛮ちゃん?!」

驚いて信じられなくて思わず名前を呼んだけど、寝息しか聞こえない。
蛮ちゃんが抱きついてくれるなんて、寝惚けてたに違いないんだろうけど。
わかっていても嬉しい。すごく嬉しい。俺の名前を呼んでくれたことも本当に。
このまま寝たら明日の朝、蛮ちゃんに殴られちゃうかもしれない。
いや、たぶん殴られるに違いないけど、かまわないや。
今は君のとなり、このぬくもりを離したくないから。
















「おやすみなさい、蛮ちゃん」























ある夜の銀次くんの不満&役得(と言って正しいのか?)でした。

2002/12/08



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