「いったいどうなってんだよ!」
朝早く、誰かさんの大声があるホテル内に響きわたった。
カーテンがひかれたままの薄暗い室内にいるのは二人だけ。一人は床の上でのびをしている。
奪還屋の美堂 蛮。不現の瞳『邪眼』と右手に『蛇咬』を持つ男。なぜか上半身が裸だ。
もう一人は立ち上がり息を切らせている。
さっきの大声の張本人、冬木 士度。無限城で四天王だったビーストマスター。今は蛮と同じ奪還屋をやっている。
こちらもなぜか上だけ着ていない。
…名誉のために述べておくが、ここはラブ○ではなくビジネスホテルである(笑)
「おい、テメェ!聞いてんのか!」
「聞いてるよ。ったく、朝から喧しい奴だな。少しは落ち着けよ」
完全に取り乱している士度とは対照的に、蛮は頭を掻きながら冷静な声で答えた。
気持ち良く眠っていたところをたたき起こされたのだ。まだ頭のなかが眠っているのかもしれない。
「これが落ち着いていられるか!」
「お客様?お客様、どうかなさいましたか?」
さっきの士度の大声を聞いてボーイがかけつけてしまったようだ。
ドアを叩きながら心配そうにこちらに呼びかけてくる。
蛮は溜め息を一つはくと、シャツをはおってドアを開けた。
「お客様、どうなされたんですか?」
「なんでもねぇ。ちょっとアイツが寝惚けちまったみたいで」
かるく作り笑顔を浮かべて適当にボーイを追い払うと、またため息をはいた。
「あんまり騒ぐなよ。またボーイが来ちまうぞ」
「うるせぇ。なんでんなに冷静でいられんだよ」
士度の言うことももっともである。
昨夜、二人は偶然会い、合意のもとでこのホテルに入った。
しかしつまらないことで喧嘩なり、どちらもひかなかったため一つのベッドで布団を取り合いながら互いに反対を向いて眠った。
そして蛮が朝目覚めるとなぜか床に落ちていて、その反対側には眠っている自分がいたのである。
そう。なにがどういうわけかわからないが、二人の心が入れ替わってしまったらしい。
そして冒頭の士度(中身は蛮)の叫びに戻るわけだ。





士度(外見は蛮)はギロリと睨みつけてくる自分を見て不思議な気分になっていた。
かるく苦笑いし、てめぇが騒いでるおかげだよといいかけたがやめた。
もしコイツが騒がなければ自分も混乱していたに違いない。
こういうものは誰かが代わりに騒いでくれれば妙に冷静になれてしまうものである。
もっとも、興奮してしまっている目の前の自分に言っても怒るだけだろうが。
蛮はチッと舌うちするとベッドに腰かけ、放ってあった煙草に手をのばした。
それに気づいた士度が制止の声をあげかけたが、かかるまえに煙草を吸ってしまった蛮はゲホゲホと勢いよく咳き込んだ。
「おい、大丈夫か?」
背中を摩りながら声をかけると、蛮はわずか涙目になりながら大丈夫と答える代わりに手を上げた。
「ゲホ‥テメェ、煙草吸ったことなかったのか?」
「当たり前だ。そんな獣たちにも健康にも悪いようなものに手出すわけねぇだろ」
今までのことや士度の性格から少し考えればわかるはずのこと。
手を伸ばしてしまったのはいつもの癖もあったんだろう。
蛮はおもしろくなさそうな顔をして、ろくに吸えなかった煙草を差し出した。
「なんだよ」
「代わりに吸え。なんか落ちつかねぇし」
俺が吸ってなんかかわるのか?と思ったが、口には出さずにとりあえず受け取る。
「なぁ、美堂。銀次はともかく、花月やマクベスに話してみたほうがいいんじゃねぇか?」
アイツラからならなんかいい知恵が出てくるかもしれねぇし。
たしかに相談してみたほうがいいんだろうと蛮も思う。
「でもどうやって説明すんだよ。まさか俺たち愛し合ってますとでも言うのか?」
「あぁ?言えるんなら言ってくれてもかまわねぇぜ」
「言えねぇよ!///」
顔を赤くして半ば怒鳴るように蛮は言い返した。
蛮は当然なにか言われるかと思っていたのだが、士度はなにも言い返してこない。
それどころか至近距離でじーっとみつめられて、蛮は眉間に皺をよせながら後ろにひいた。
「な、なんだよ」
「外見は俺でも中身はお前なんだと思ってな」
「バカなこと言ってねぇでてめぇも解決策を考えろ!」
罵声とともに飛んできた拳をかるく受けとめて、士度は困った表情を浮かべた。
考えろと言われても原因がわからないんじゃどうしようもない。朝起きてみたら既にこの状態だったのだ。
昨日いつもとなにか違うことをやったか?と言えば答えはNOだし、どうしようもないとしか言えない。
それは蛮もわかっているはずのことなのだが、想像を越えた事態に頭にパニックなうえ、さっきのことで血がのぼっているので気がまわっていない。
とりあえず落ち着かせるか、と思ってもヘタなことを言えば火に油を注ぐ状態になりかねない。



さてどうしようかと士度が頭を掻いたとき、部屋にあった時計が現在の時刻を知らせてくれた。
とたんに蛮の‥というか士度の顔色が変わる。
「?!やべ‥猿マワシ、急げ!」
「はぁ?」
とつぜん慌て出した蛮に士度が間の抜けた声をあげた。
無防備なその顔に容赦なく散らばった服を投げつける。
「今日は仕事の打ち合わせが入ってンだよ。ギャラがいい仕事なんだからぜったいに穴あけらんねぇんだ」
「あけらんねぇってどうすんだよ?この状況で」
「とりあえず俺はてめぇ、てめぇは俺のふりをするしかねぇだろ」
思った通りの提案に、士度は嫌そうにため息をついた。
「マジかよ。俺は役者じゃないんだぜ?てめぇの真似なんかできねぇよ」
「俺だって条件は同じだ。しかたねぇだろ?マジで説明なんかできねぇし…あ」
その時蛮の目に留まったのは愛用のサングラス。士度もそれに気づき、二人は顔を見合わせた。
「どうだと思う?使えると思うか?」
「わかんねぇけど。猿マワシ、試しに俺に邪眼かけてみろよ」
「どうやってやるんだ?」
「見せたい夢を頭の中に思い浮かべながら相手と目を合わせりゃOKだ」
蛮の言ったとおりしばらく目を合わせていてみたが、なにも起こらない。
「‥だめか?」
「みてーだな。美堂、ためしに獣笛吹いてみな」
蛮は頷くと唇に指を当てた。
ピィ――――と高く綺麗な音が室内に響きわたる。が、やはりなにもこない。
「こっちもだめみてーだ。ま、今日は打ち合わせだけだしなんとかなるだろ。猿マワシ、お前運転はできるんだろーな?」
「てめぇと一緒で免許はねぇけどな」
「なら問題はねぇな。お前のほうは?今日なんかあるか?」
「たしか花月と笑師がまどかのバイオリンを聞きに来るはずだ」
「チッ。よりによって今日来るのかよ」
心底嫌そうな蛮の態度に笑ってしまいそうになる。
その姿は間違いなく自分なのだが、ちょっとした仕草がいつもの蛮と重なったからだ。
もし俺以外に誰かと入れ替わることがあってもわかるかもな。
どうやらそうとう惚れ込んでるらしいと今度は自分を笑って士度は立ち上がった。









ホテルをチェックアウトして二人は車に乗り込んだ。
程なくしてまどかの屋敷に着き、車を降りた蛮は運転席の自分を覗き込んだ。
「ドジんなよ、猿マワシ。銀次はフザけてるけど意外に鋭いぜ」
「そっちこそ花月に感づかれねぇようにしろよ」







かわいらしいキスを交して

さぁ、あなたを演じてみせようか。
















きっと楽しいだろうと思って書き始めたけど、本人たち以上に私が困った
これがホントの自業自得‥。これの続きないって言ったら怒りますか?

2002/10/15



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