何故気づかないんだ?
知らないふりしてるわけじゃないんだろ?

わかってるけど伝えない。
もう気づいて欲しいけど、まだ気づいて欲しくないから…














ここは日本の首都。大都会のど真ん中。
人々が押し合い圧し合い、ぶつかり合って。
こんなにも近くにいるのに隣にいる人間にさえ興味を示さずに、それぞれがそろぞれの出口を目指して向かっている。
そんな迷路の中、二人の少年が歩いていく。二人‥という言い方は正しくないかもしれない。
正確にはどんどん先を行く一人に、もう一人が後ろから付いていくといった状況だ。
「なぁ、いい加減に機嫌なおせって」
一向に止まる様子がないのに痺れを切らし、三上は前を歩く恋人に声をかけた。
しかし振り返る気配すらない。
「ちゃんと悪ぃって謝っただろ。いつまで怒ってんだよ?」
「怒ってない!」
十分怒ってんじゃねえか‥と思ったが、三上は口には出さなかった。
口に出せば更にこじれることは明白である。
だいたい今日のことは自分のほうが悪いのだから、自分のほうが我慢するのが筋だろうと思ったからだ。



それにしてもわからないのは水野の怒っている理由である。
もちろん、時間に遅れてきてしまったこともだろうが、
三上だって好きで遅れたわけではないし、今までにも待ち合わせに遅れてしまったことはあるのだ。
今日以上に遅れてしまったこともある。
それでも今日ほど機嫌は悪くなかった。
何か別の理由で怒っているんだ。
漠然とそう思ったが、水野が何に対して怒っているのか三上にはわからなかった。





そう考えている間にも水野の足は止まることがなく、遂に水野の家まで戻ってきてしまった。
背を向けたまま玄関に向かう水野に溜め息を吐き、今日は帰るしかないと三上が背を向けたとき。
「三上」
呼ばれたことに気が付いて三上は振り返った。
この距離でも水野が眉間に皺をよせているのがわかる。
相変わらず機嫌は直らないらしい。
とりあえず水野が自分の名を呼んでくれたことに三上は安心した。
「なんだよ」
「アンタ、本当にわかってないんだな」
三上が思っていたとおり、水野は遅れてきたことに怒っていたわけではない。
水野が待っている間に、つまり三上が水野との待ち合わせ場所に向かっているとき、渋沢から水野の携帯に電話がはいったのだ。
三上は少し遅れていくと。
そして、それは自分のせいだから三上を責めないでやってほしいと。





渋沢は三上が好きなのだろう。
友としてではなく、恋愛の対象として。
本人に直接聞いたことはないが、会話、雰囲気、その他諸々から水野はすぐに気が付いた。
渋沢だけではない。水野の知る限り藤代もそうだろう。
はじめは気づいていなかったが、藤代が三上先輩って何気に可愛い人だよねと言ったとき、水野は気づいた。
藤代の瞳。
あれは間違いなく自分と同じ瞳だった。
自分と同じ気持ちだからこそ気づいたのかもしれない。
三上は慕われているのだ。水野の知らないところでもと水野は思った。



水野は三上が誰に好かれようと何か言うつもりはない。
自分も惹かれた一人なのだから。
問題は三上がそれに全く気づいていないということなのだ。
自分ばかりがわかってしまうから。自分ばかりがやきもきしてしまうから。不安になってばかりだから。
「それがムカツク」
こんなのはフェアじゃない。だからと言ってわざわざ説明してやる気にはなれない。
水野はちゃんと自覚していた。これはただのやきもちだと。
今日のことも。渋沢のために自分を待たせていたこと。
三上が水野を想っていなかったとは思っていない。
三上は一人の友人として渋沢が心配だっただけだとわかっている。
頭ではわかっていても感情はついていかない。

自分だけを想っていてほしい。

それは、口には出せない水野の心の叫び。代償は高すぎるプライド。
いっそ捨てられたら楽なのに、どうしても捨てることができないモノ。
形があればいいのに‥と水野は思った。
人の気持ちに形があれば、絶対捕らえて離さないのに。
気持ちを目に見ることができれば、こんな風に一々心を波立たされることもないだろうに。
「はぁ?なんのことだよ?」
水野の言った言葉の意味を掴みかねて三上は聞き返した。
自分の気持ちにはすぐ気がついたくせに、他からの気持ちには全然気づかない三上に水野はますます眉をひそめる。
そのとき水野にある考えが浮かんだ。
無言のままつかつかと三上に歩み寄ると、三上の服の襟元をめくり鎖骨の辺りに口付け‥というより噛みついた。
「ちょっ‥!いっ‥」
水野の行動に三上は当然たじろいだ。
「痛いって!水野!」
あまりにも痛いから引き剥がそうとしたが、全然離れる様子がない。
しばらく噛みついて水野は離れた。
僅かにだが血がにじんでいる様子から相当強く噛みついていたのがわかる。
「てめっ‥‥」
「これで勘弁しておいてやるよ」
文句を言おうとした三上の言葉を遮って水野は言うと、かるく笑って踵を返した。
「‥‥ったく、なんなんだよ‥」
三上には相変わらず何のことなのかわからないままだったが、最悪だった水野の機嫌は直ったみたいだったので。
「‥‥ま、いいか」
どこか小さな引っ掛かりを感じながら呟くと、待っている恋人のところに向かって歩き出した。









目に見えることがすべてじゃない。
たとえ見えないものだって信じたい。

素直じゃないアンタの気持ちも。

でも、どうしても不安は生まれてしまうから。
どうしても矛盾が生じてしまうから。

だからとりあえず今はこれで許しておいてやるんだ。
だって、しばらくは残るだろ?


アンタは俺のモノだって証がさ
















水三なのか、三水なのか。判断の難しいところですが、タツボンが噛みついているので水三に

2002/04/23



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