三流小説によくある話の一つ。
一人の男がただ一人の女を想う。
そんな恋愛、俺には無縁だと思ってた。
「今日は大変だったな」
風呂から上がった俺に、兄貴が麦茶を差し出してくれた。
「サンキュ」
タオルで頭を拭きながら、冷たい麦茶で渇いた喉を潤す。
あぁ〜、美味い!
「それにしてもスッゲー雨。みんな事故ってなきゃいいけど」
窓の外はすべてを消す轟音とどす黒い闇だけ。急接近している大型の台風のせいだ。
峠を出た頃も酷い降り方だと思ったが、今が一番酷いんじゃねぇか?
こりゃあ、明日も間違いなく雨だな。
「アイツラならおそらく大丈夫だろう。明日も早いからそろそろ寝たほうがいいな」
「啓介」
二階へと上がり、自室に入ろうとしたとき、兄貴に呼び止められた。
足を止め、部屋に体が半分入った状態で俺はふりかえった。
「ん?なんだよ?兄貴」
どうかしたのか?と聞いたが、兄貴はなかなか続きを言わない。
どうしたんだ?
兄貴にしては珍しく歯切れが悪い。
暫くの沈黙の後、結局兄貴は首を振った。
「いや、なんでもない。おやすみ」
「おう。おやすみ、兄貴」
兄貴の部屋のドアが閉まるのを見届けてから、俺も部屋へ入った。
スイッチを押すと、パチッと音がして辺りが明るくなる。
見慣れた自分の部屋。室内には物音一つなく、部屋の外は騒音だけ。
窓を叩き付ける雨が、まるで何かを叫んでいるかのような気さえする。
さっき兄貴が何を言おうとしたのか、もちろん気になったけど‥。
「眠ぃ‥」
峠を散々攻めてただでさえ神経を遣った後だったのに、一寸先すら見えないほどのこの豪雨。
いつもに増して疲れてるのは自覚してる。
明日聞けばいいか。とにかく今夜はさっさと寝よう。
もう半分寝てるような頭でベッドに近寄り転がった。
意識が遠のき、ウトウトと夢の中へと入りかけた頃だった。
「啓介!」
聞こえた声に、驚いて飛び起きた。
自分が何処にいるのかさえわからないくらいの混乱。
キョロキョロと部屋を見渡したが、誰の姿もない。さっきと変わったところも。
空耳だったか。舌打ちをして、再び白い天を見上げた。
「‥」
どんな顔で笑ってたとか、全然覚えてない。
覚えているのは透明な雫。そして俺を呼ぶ、その声だけ。
「啓介」
「うるせぇよ」
居ない相手に文句を言って、ごろりと寝返りを打った。
目を瞑ると、忘れたはずの面影が瞼に浮かぶ。
少し茶色が入ったサラサラの髪。指通りが良くて、あの髪をすくのが好きだった。
ほくろのある首。アイツが照れるから、そこにキスを落とすのが好きだった。
丸い肩。柔らかくて小さくて、抱き寄せるのも噛みつくのも好きだった。
女らしい細い指。白い手。いつだって。いつだって差し出してくれていたのに……
「啓介‥」
「うるせぇ‥」
何故だろう。いつもは何ともないのに、こんな夜は瞳が濡れる。
もしかしたら取り戻したいのかもしれない。もう一度そばにいてほしいと、願っているのかも。
でも、が俺の手を取るとは思えないし、取り戻せたとしてもまた泣かせてしまうだろう。
どんなに時が経っても、俺は俺のままだから。
優しくなんてしてやれなかった。俺はいつも自分のことばかりで。
の優しさに甘えて、アイツのこと、アイツの想い、何も考えてやってなかった。
これは罰なんだ。
「好きだ‥」
自惚れて伝えなかった想いを、今夜も雨だけが聞いていた。
わずか3日で完成。トロトロ長々と書いている私にしては久々の快挙でした。そして、久々の夢‥(苦笑)
2004/09/04
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