寤寐思服[ごびしふく]

意味:寝ても覚めても思い慕っていて忘れられることがないこと。






もう一度会いたい。
ただ願っていた。














「・・・・」
ただ広い、静かな平原。
頬を撫でる風の音。草が踊る。
ここには自分しかいない。
見上げた空は夕暮れに染まって、赤から橙、青、紫へと姿を変える。
もうその姿がなくなってどれだけの夜を過ごしただろう。






突然光の中から現れた娘。
名をと言った。
見たことがない服をまとい、知らぬ言葉を話した。
ここよりずっと先の世界からやってきたのだという。
生まれた場所も違う。
生きてきた世界も違う。
それでも出会った。
言葉を交わした。






そして、惹かれた。














「出ていけ!」
あの日、特筆することもなにもなかったあの日。
俺はたしかにそう言った。言ってしまった。
きっかけは取るに足らぬ些細なこと。
少し苛ついていて、気に入らなかった。ただそれだけ。
「いいわよ!」
扉をあけ放ち、部屋を飛び出していったその背中すら見ていなかった。
どこまで駆けて行ったのか。その表情はどんなふうだったのか。なにも見ていなかった。
そして。
そのままはいなくなってしまった。














突然現れた娘は、突然いなくなった。
普通にくりかえされていたなんでもない日々は、特別な日になった。
思えば下らぬ話だった。
今ならそう思う。
その姿を再び探し見つけようと奔走する。その日々の長さに苛つきや焦燥を感じていたころもあったが、消え去って今は何もない。
こうして、初めて出会った草原に来てはその姿を探している。
ずっと・・・
ただ、を想い、ただ待っている。














「・・・・なに、してるの?」
「・・・・・っ・・・・」
不意に耳へと届いたその声は、ずっと・・・ずっと願ってやまなかったもの。
目を見開いて息をのんで、耳の奥でもう一度その声を反芻する。
どれだけ経とうが忘れない。少し高い、その声。
「・・・ただの散歩だ」
地平線をにらみつけたままふり返らなかった。
何度も思い描いた光景は、夢の中でもくり返したやり取りと酷似していた。
夢なら、覚めてほしくなかった。
「嘘。私を探していたんでしょ?」
「うぬぼれるな」
「素直じゃ、ないわね」
届いたその声は、確かに震えていた。
空気が震えたのがわかった。
ふり返ると、あの日のあの時のままの姿で、がそこにいた。
夕暮れの日の光を浴びて頬が輝く。
涙を流したまま、頬を膨らませて、なんてかわいくない女なのだろう。
「帰っちゃうわよ」
眉を寄せて、泣いているくせに、唇をかみしめてこちらを睨みつけていて。
今すぐ抱きつきたいに違いないのになんて強情な女。
「いいの?」
「許さん」
そう言いながら腕を広げたら、広げられた腕の中へは飛び込んできた。
流れ落ちた涙は俺の服へと染み込む。
その温かさがうれしかった。
「始めから素直になればいいのよ」
「うるさい」
「もう離せないでしょ?」
「あぁ」









あぁ、そうだ。

もうこの手を離すものか。



















馬超と呂布で迷って、呂布にしました。短編でまとまってよかった。

2020/11/25



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