「渋沢くん、頑張ってね」
俺はありがとうと言って、激励をくれたクラスの女の子にかるく手を振りかえした。
今日は大切な全国大会の初日。
もちろんサッカー部は朝早くから動いていた。
これから登校してくる生徒が多いなか、既に一軍の大半は学校に来てバスに乗り込んでいる。
ブツブツと何かを呟きながら乗車した間宮。いつも寝坊しがちな中西も今乗り込んだところだ。
同じく朝が苦手な同室の三上はというと、バスの一番後ろの席で寝ていると思う。
羨ましいと思わないわけでもないが、自分の性分はここで立って全員の乗車の確認を取るほうだろう。
監督とは諸々の都合で現地で落ち合うことになっているので此処にはいない。だから余計に、だ。
「おはよう、渋沢」
「あ、おはよう、。早いな。今日はと一緒じゃないのか?」
は普段、こんなに早く登校してはこない。
だいたい俺と三上が登校してくるくらいだから、いつもよりかなり早い。
「私、日直なのよ。未衣はまだ寝ているの。ムカつくから叩き起こしてこようかと思ったんだけど、そんなことしたら後が怖いし」
ふざけているようで、は真剣に話していた。
俺にはがそんなに怖いとは思えないのだが。
「渋沢は‥今日からだったよね、大会。出発はまだ?誰か待ってるの?」
「藤代がなにか忘れたって言って戻ってるんだ」
そう答えて松葉寮のほうを見てみたが、まだ藤代の姿は見えない。
「へぇ、珍しいね。藤代くんがサッカー関係で忘れ物するなんて」
たしかに、俺も珍しいなと思った。
ふざけているようで藤代はキチンとしているほうだ。
藤代がなにを忘れたのかまで聞いていないが、走り出した藤代は一番大事な物だと言っていった。
「そうだ。渋沢に聞こうと思ってたの。えっとね…あ、これ!これって本当だと思う?」
鞄から取り出した本を指差して、が尋ねてきた。
「どの文章のことだ?」
「この『恋愛は人を愚かにする』って言葉。私、この人の本がけっこう気に入ってるんだけど、この一文がね」
「は人を好きになったことがないのか?」
「あるよ、小学生の頃にね。だけどわかんないんだ。自覚がなかっただけかな?」
「そうじゃないだろうが‥本当の恋愛をすればわかるんじゃないのか?」
「本物と偽物はどこで区別するのよ?」
俺は今まで恋愛に本物と偽物があるとは考えたことはなかった。
だが敢えて、今の恋と昔した恋を比較するならば。
「やっぱりそれは、気持ちの重さじゃないかな?」
「気持ちの重さね〜‥」
小さく呟いて、が考え込んだ、そのときだった。
向こうから誰かが駆けてくる。あれは‥
「藤代!」
「キャプテン、スミマセ〜ン。遅くなりました〜」
「遅いよ、誠二!」
いつの間にかバスから降りてきていた笠井が珍しく怒っていた。
きっとバスのなかで笠井は、ヤキモキしていたんだろう。
「ゴメ〜ン、竹巳」
「ねぇ、藤代くん。ちなみに聞くけど、藤代くんはなにを忘れて戻ったの?」
が尋ねると、藤代はニパッと清々しい笑顔を浮かべて答えた。
「行ってきますのキスっす。やっぱこれがないと一日がはじまら…いってぇ〜なにするんだよ〜」
怒りのあまり言葉もないのか。笠井は無言で藤代の頭を殴っていた。
「じゃあ、そろそろ出発だから。藤代、笠井、行くぞ」
「はい。ほら、誠二、こっち!」
「先輩、いってきま〜す」
「いってらっしゃい」
笠井に引きずられながらも笑顔な藤代の姿に、俺たちは苦笑していた。
「じゃあな(苦笑)」
「うん(苦笑)いってらっしゃい」
に見送られてバスに乗り込もうとしたら、くいっと後ろに引っ張られた。
「?どうした?」
「渋沢、さっきのわかったら教えてね」
忘れないでよ〜と釘をさされて俺も笑って言い返した。
「も、わかったら俺に教えてくれるか?」
「もちろん!」
無知な我等が交した約束は 弱く幼く小さきもの。
難解なる問いは手に余り 未だ答えは求まらぬまま…
友達から恋愛対象にうつるのがけっこう好き。気がついたらってほうがもっと好きです。
2002/11/15
|