織姫の光は彦星まで届いているのだろうか
同じように 彦星の光はどうなんだろう
虚ろな思考回路にどこからかチャイムの音が流れてくる。
それはもちろん終わりじゃなくて始まりの合図のほうなんだけどね。
隣にいる彼も私と同じ考えらしくて、ここから動く気配が感じられない。
だから連続はマズイとわかっていても「ま、いいか」なんて思ってすべてを放り出してみたりして。
でもね。
「ねぇ、シゲ。起きてる?」
「ん〜?なんや?」
寝てるかな、と思いながらかけてみた声に、ピクリとも動かず返事だけが返ってきた。
「シゲはこのままここで寝てる?」
「、授業出るんか?もう間に合わへんで?チャイム鳴ってしもうたし」
「違う違う、そうじゃなくて。久々に我が指定席に行きたいな〜って思って」
ここはここで快適なんだけど、やっぱり馴染みがある場所のほうが寝やすい気がする。
それはきっとシゲも同じなはずだから。べつに一人で行ってもいいんだけどね。
「お、ええな。俺も行くわ」
白いシーツから飛び出た金色の髪と長い手足。
学校中(の女子)から注目を受けるサッカー部で、水野と同じくらい目立ってると思われる存在。
ポジションはFWからGKまでこなすというすごい奴。そしてサボり魔‥。
「行くで、」
「うん」
私はシゲとクラス違い。仲はいいと思うけど、彼女とかじゃない。
ただのマネージャーのうちの一人ってとこ。
べつにいいんだ。今のままでも十分に楽しいし。
たまに苦しくなるときもあるんだけど。
暗い階段を登り、重い扉を開けてもらって。ここは学校で一番空に近い場所。
シゲの後について登った久々の指定席。
私はいつものように隣に座って、ゆっくりと伸びをしてから空を見た。
「すっごいいい天気。久しぶりだよね〜なんか寝るのもったいな〜」
「ここんところ、ずっと雨続きやったからな。梅雨は困ったもんや。おかげでグランド使えんし」
「真面目な発言と褒めてあげたいところだけど、一番困ったのはサボり場所のほうでしょう?」
つんつんとつついて聞くとシゲは笑って誤魔化した。
ま、私も人のことは言えないんだけどね。
「それにしてもホンマ綺麗な空やな」
真上の空を見上げてシゲが呟いた。私もシゲに倣って真上の空を見上げた。
「ホントだね。綺麗な空‥」
太陽より空が眩しいっていうのはきっとこういうとき。
どんな画家でも、この色はキャンバスに出せない。本物の空の色。
「このままやったら今夜はきっと満開の星空やで」
「そうだね」
きっと星空もすごく綺麗なんだろうな。
なんでサボリの時ってこんなに空が綺麗に見えるんだろう。
「そういえば昨日は七夕やったな」
「そうだよ。せっかく部活でパーティしたのに、シゲってば帰っちゃって」
「悪かったって。俺以外は全員出たんか?」
「うん。楽しかったよ。一人ずつ笹に短冊吊るしてさ」
「短冊?なんや、願い事かけたんか?」
「まぁね。みんなで書いたんだよ。子どもっぽいって思ったけど、あーゆーことって大勢でやると楽しいんだよね〜来年もやるって」
そこまで話してシゲがなにか考え込んでいるのに気づいた。
「なに?どうしたの?」
「俺やったら無理やなぁ思って」
「無理ってなにが?」
「願い事叶えることや。自分の好きやと思う女性に会える唯一の日やで?他人の願いなんか聞いてられへんわ」
「まぁ、確かにそうだよね。1年に1回しかないチャンスなんだもん」
誰だって人の願いどころじゃないか。自己中だって言われたとしても。
「ところで、今日は何の日か知っとるか?」
ワクワクした感じが空気で伝わってくる。
シゲが望んでる答えはわかってるんだけどね。ちょっとだけ意地悪。
「駅前のスーパーの特売日」
即答した途端にズーンと沈んでしまったシゲがとても気の毒で、私は慌てて撤回した。
「うそうそ。今日はシゲの誕生日でしょ?おめでとv」
「ちゃんと知っとってくれたんやな」
ホッと息をついたシゲに、私は少し頭を下げて手を合わせた。
「でも、ごめん。プレゼントはないんだ」
買う気がなかったわけじゃなく、何を買ったらいいかわからなかったから。
男の子って、いったいどんなものを欲しがるのかな?
「そんなんかまわへんよ。その代わり、織姫やってくれへん?」
「いいけど織姫って‥私、なにすればいいの?」
ヒラヒラの服でも着て、天の川を泳げとか?
「そうやな〜‥ほな、織姫と彦星やったら七夕の日になにやっとると思う?」
「え?うーん‥」
織姫と彦星でしょ?1年に1回だけでしょ?
「ずっとそばにいるんじゃない?1年に1回のデートなんだし」
「そういうことやv」
「えっ?えっ?ちょっと!」
いきなり抱きついてきたシゲに驚いて大きい声を出してしまった。
ヤバい。ヤバい。今はまだ授業中なんだから静かにしなきゃ。先生にでも見つかったら即アウト。
まぁ、運悪く近くを通ってるなんてことないと思うけど。
「ったく、シゲ!」
「ちゃうちゃう。彦星サマや」
「なに言ってんのよ」
「今日は1年に1回きりの誕生日なんやで?甘えさせてくれてもええやんv」
「馬鹿なこと言ってないで。離れなさ〜い!」
私はマジでシゲを引き剥がしにかかっていた。
ドキドキと波打っている鼓動の早さに気づかれたくなかったから。
だから、さっきまで注意してたのに頭からスッポリ抜けてしまった。
「誰かいるのか?」
ギーギーという引きずる音と怒鳴り声。
誰?
わからなくてシゲを見ると、シゲもわからなかったらしく首を傾げてみせた。
「誰かの声がした気がしたんだが‥」
ゲッ!ヤバい!この声は間違いなく生活指導の梁田!
もしコイツにこんなところを見つかりでもしたら…
シゲもわかったみたいで、お互いに顔を見合わせて頷いた。
このまま此処にいたら見つかる。移動しなきゃ。
そっと立ち上がり、先に降りたシゲに支えてもらって、いつものように足場へと降りる。
これでちょっと出ている屋根の下に隠れれば完璧。
梁田は私たちがこんなところにいるなんて思っていないだろう。
見つからないと安心してちょっと気を抜いたせい。
足元にあったコンクリートブロックに足をとられて、私は思いきり転んでしまった。
「痛っ‥」
「んっ?」
口に手を当てられ、シーっと言ったシゲに何度も頷いた。そのままの体勢で小さくなって息を潜める。
結局、梁田は私たちを見つけられなかった。
しばらくは探していたけど、流石に誰もいないのだと諦めたみたいで。
バタンと大きな音を残して梁田はいなくなった。
ホッと安心して初めて、今の自分の体勢に気づく。
「‥」
不思議。
さっきはあんなにドキドキしてたのに…
ううん、今だってドキドキしてるけどそれ以上に、なぜか冷静になってる自分がいる。
思い上がろうとする心を抑え、降ってくる熱い吐息に私は首を背けた。
「?」
「私は、その場の雰囲気に流されたりしないの。退いてくれる?」
「俺、遊びとちゃうで」
わかってる。わかってるよ。
見た目ほどシゲがかるくないことくらい知ってる。
なによりその瞳が真剣だもの。
そう、わかっているのに。
「信じられない」
私の中のまさかって思いが強すぎる。
だってそんな都合のいいことってないじゃない。ずっと好きだった人と両想いだったなんて。
「ホンマやで。どうしようもないくらいが好きなんや。…俺のこと嫌いか?」
「そんなんじゃない!」
思わず力いっぱい叫んだ。
嘘でも、誤魔化せない。
「シゲが嫌いなんじゃないの。その…自分が信じられないっていうか…」
自信がもてない。夢みたいなんだもの。
言葉にできなかったけど、シゲは私の気持ちをわかってくれたみたいだった。
「俺だって自分に自信なんかないで。が好き。ただそれだけや。それしかあらへん」
「私だってそうだよ。同じだよ」
「じゃあ織姫サマも気持ちに自信持ってもらえんか?」
「えっ?」
自分じゃなくて気持ちに?シゲが好きだっていう気持ちに?
それならできる。
だって私はずっとシゲが好きだったんだから。
「…シゲ、悪いけどもう一度言ってくれない?」
自分でもらしくないと思う、そんな弱々しい声で聞いてみた。
シゲの苦笑いが、本当の笑みに変わったのがわかった。
「俺はが好きや。は?」
彼に望んだのは支えてくれるような力強さを表す言葉。
彼から望まれたのは包みこむような温かさを表す言葉。
添えられた手を誘われて、私は答えるより先に瞳を伏せていた。
さっきはすれ違った熱い吐息が、今度は綺麗に重なる。
「私もシゲが好きだよ‥」
光が届いても 結して恋人としてのものではない
だとしても
万人に対して平等に配られる星の光だとしても かまわないのだ
年月、距離を越えて 彼等はずっとお互いにお互いを想い続けている
「‥」
時間も距離も全然違うけど 自分の想いはきっと彼等と同じ
かまわないと思う
いつもそばにいることができなくても それでも私は彼が好きなのだから
半年ぶりの創作だったのは知っていたけど、まさか今年初だったとはビックリ。
2003/07/08
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