「今日はここまで!」 「「ありがとうございました!!!」」 止まらず流れおちる汗をぬぐいながら、騒ぎの中心人物のほうへ顔を向ける。 ぐああああぁぁぁぁとか呻きながら頭を抱えてしゃがみこんでいるのは赤い髪。 シュートをしようとして勢い余ってバスケットゴールに自ら突っ込んだのだから、誰も同情などしない。 どあほうが。 額から湯気が出ているのを見て、心の中でつぶやく。 「どうしたの?流川」 「なんでもねぇっす」 顔色一つ変えずに彩子先輩から差し出されたドリンクを受け取り、礼を言う。 先輩はちょっと怪訝な顔をしたが、特に何も言わず、今度は桜木のもとへと駆けて行った。 「ほら、桜木花道!大丈夫?」 「あ、彩子さん!なーに、このくらいこの天才にはどうってことありませんよ、なはははは」 「あら?あんた、血が出てるじゃない」 こっちへ来なさいと引っ張られつつ、救急箱の前まで連れて行かれている。 「うーーーー」 「ほらほら動くな。桜木花道」 不服そうな顔をしてはいるが、されるがままおとなしくしている。 騒ぎつつも楽しそうな二人。 理解はしている。 先輩はマネージャーとしての仕事をしているだけ。 あほうは、先輩を意識などしていない。 頭では分かっている。 でも、面白くない。 そう、面白くない。 いつも、怪我が絶えないあほうの手当てをする先輩。 見慣れた光景。決して平気なわけではないけど、視線をはがした。 見ていれば見ているだけイライラが募ることは知ってる。 さっさと着替えよう。 部室に戻って着替えたが、帰る気にならない。 他の部員たちが着替えて帰っていく中、まだ、あのあほうは着替えに来ないらしい。 姿は見えなくても、あのあほうの声は遠くからよく響くから、来るとすぐにわかる。 小暮先輩から預かった鍵を握りしめて、ついには誰もいなくなった部室を出て、体育館に向かう。 居残りで練習する気だろうか。 今日の練習中、赤木主将の妹も水戸たちの姿も見えなかった。 帰りは一人か? あいつが練習する気なら、残ろうか。 そんなことを考えながら体育館を目指す。 近づいても体育館からボールの音は聞こえてこない。 そもそもあいつは一人でも静かに練習するなんてありえない。 誰もいないのか? もしかしてどこかで入れ違いになってしまっただろうか。 中にいたのは赤い頭。 それと、もう一人。 誰だ?あいつ。 肩の下まで伸びたストレートの髪。 しらねぇ女。 見たことはある。 今日の練習中いた気がする。 赤い顔をして、もじもじとする姿は可愛い、のかもしれない。 すぅーっと、心臓のあたりが冷たくなる。 自分も何度か経験したことがある。 この空気。 「いや、あの、その、」 髪と同じ色まで顔を真っ赤にして、手を上げたり下げたりしている桜木。 「が、がんばってね!」 赤く頬を染めて、言うだけ言って女がこちらへ駆けてくる。 嬉しそうな表情を隠さず俺を一瞥もしないで、目の前を通り過ぎてく。その背中を見送ってから中へ入った。 「る、流川!聞いてたのか!?」 「いや」 聞いてはいない。 でも、聞かなくてもわかる。 「ははは、俺のプレーが好きだと言われてしまった。いや〜天才はモテて困る」 こちらから聞かなくても勝手にしゃべってくれた。 告白だったわけじゃないらしい。 でも、わかった。 あの女のあの表情。 あれは、俺と同じ目だ。 「・・・」 まいったまいったなんて言いながら、頭をかいているあほうは気づいていないかもしれない。 俺のほうを見ずに、桜木は嬉しそうだった。 俺のしらねぇところで、しらねぇ女に褒められて、喜んでいる。 そんなテメーの顔は見たくない。 「ん?なんだよ?」 黙って近づく俺に気づき、怪訝な表情を浮かべている。 その問いには答えなかった。 胸を占めているのは言いようのない焦燥感。 今の自分はどんな顔をしているだろう。 「流川?」 戸惑ったような顔をして、俺を見つめている茶色の瞳。 その瞳は、俺を写しているが、俺を見ていなかった。 知ってる。 わかっている。 こいつは、俺をそんな風にみていない。 わかってる。わかってる。 でも、見てほしい。 「おい。なんだよ?」 触れたい。 ただ、ほしい。 そこにある。 その唇が欲しい。 汗で冷えたシャツをぎゅっと握りしめて。 吐息も触れ合うほどの距離まで近づいて、桜木の息をのむ音が聞こえて唇が重なる寸前で止まる。 正気に戻った。 目を開ければ、見開かれた茶色の瞳。驚いた顔。 「っ!!!」 いま、何を、しようとしたのか。 桜木から離れて、その視線から逃げるように体育館を飛び出した。 「受けてばかりだろう流川に初告白をさせよう」を目的に書き始めたのに、伝えもせずキス未遂事件勃発。 2019/07/12 |