「・・・呂布殿・・・・」
切なさを帯びたその声にどうしようもなく苛ついた。
「殿」
「司馬懿殿、いつから其処に?」
「声をかけたが、返事がなかったのでまた抜け出したかと思ってな」
「申し訳ありません。気がつきませんでした。どうも呆けてばかりで、まだ・・・」
答えなど聞く前からわかっていたが、これ見よがしに深く息を吐き出した。
見知った仲というほど、付き合いが長いわけではない。
は呂布の軍から降った将で、この軍に属してからまだ日が浅かった。
それほど知らぬ。
そう吐き捨てられるほどの付き合いなのに。
今のは己の知らぬ武人であるようだった。いや、武人ではなく、ただの女であるように見えた。
「その調子では終わるものも終わらぬな。残りは別の者に頼もう」
「申し訳ありません」
心からの謝罪だとわかるのに、空虚な印象を受ける。目の前にいるのに、見えない空気が隔てているようだ。
私ではなく窓を見つめるその視線が気に入らなくて、聞いてみた。
「見えるのか?」
「??!!!!」
言葉も出さず、いや、出せなかったのだろう。
これ以上ないくらいは驚いた表情を見せて、私を見た。
目線があったのは初めてではないのに、まるで初めて私を見てくれたかのようだった。
「殿、なにを考えておられる?」
びくりと震えたその体に走っているのは、なんなのか。
なにに怯えているのか。
なにに懇願しているのか。
問わなくてもわかる。
声も態度も仕草も。
がどれほど呂布を思っていたか。今も、想っているのか。
明け透けに見えて、憤りを感じているのがわかった。
「いつまで死んだ者を追いかけているつもりだ。現実を見ろ。呂布はもうこの世に存在しないのだ」
「わかっております」
「わかっていない!」
の腕をつかんで、こちらを向かせようとしたが、顔はそらされたままだ。
目の前にいるのは私なのに、今話をしているのも私なのに、は私を見てはいなかった。
「司馬懿殿、放してください」
つかんでいた腕を引き、を机の上へと引き倒した。
いかに鍛えた武将といえど、所詮は女の力。抑え込むのは容易かった。
「いやっ!!!」
机に乗っていた書簡が床へと散らばっていく。
私の肩を押しのけようとしながら、ははっきりと告げた。
「・・・・あの方が、いるのにっ・・・」
「・・・・っ・・・」
こぼれたの涙声に、私は残った理性を自ら手放した。
服もの心も引き裂いて、その悲鳴を聞きながら苛つく己の心の内をようやく理解する。
・・・・が好きなのだと。
思いを遂げたとき、は泣いていた。
居もしない、男だけを見ていた。
呂布の名を呼び、ただ助けと許しを請うに、やはり私は見えていないのかと絶望した。
「、・・・っ」
何度もその名を呼んだ。でも、返ってはこない。
この腕の中にいるのに。
哀しくて悲しくて。あふれた涙が頬を伝い、の頬の上にポタポタと落ちた。
そのとき。
「・・・・、司馬懿、どのっ・・・?」
こぼれたその音は掠れていて、ひどく頼りなく、でも私の耳に届いた。
震える指先が私の頬をなでていく。
ぶるりと、心が震えたのがわかった。
よろこびだった。
「・・・っ・・・!」
しがみつく腕の中の女に、私の声は届いている。
赤い血があふれるそこは痛々しかったが、止められなかった。
刻み付けたかった。
その奥へ、さらに奥へ。体にも心にも、少しでも私が残るように。
ぶるぶると震えながら逃げようとするその体を抱きしめ、つき落とした。
「あ、・・ひっ、ひ、いや、や、もぅっ・・・」
「私が、見えるか?」
憎んでいい。恨みでもいい。殺されてもよかった。
ただ、お前の視線の先が私に向くのならば。
もとは呂布夢、このまま終わらせるのはもったいないってことで再利用。
この役、張遼か惇兄だったら余計なこと考えなくて済むんだろうけど、どーしてもどーしても司馬懿に活躍していただきたかったので。
無双3設定なら矛盾しないはず。(自分で書いておいて覚えてない)
司馬懿は助けたいと思ってるんですよ、うん。・・・なんで甘くならないんだ?あ、片思いだからか。ヒロインどうするのかなー
2006/11/01(2019/9/28加筆)