たとえ 幾年の月日が流れたとしても

あの日のことを ぜったいに忘れることはないだろう
















「うわっ、なんかスゲーな‥」
窓の外を見て三上は呟いた。
もともと朝から思わしくない天気だったが、夜になり夕飯を食べ終わって部屋に戻ってきたら外から凄い雨音が聞こえてきた。見てみればこの雨である。
夜だからしっかりとはわからないが、この音と窓に叩き付けてくる雨をみればどれくらい降っているかはわかる。
「これじゃグランドの状況は最悪だな」
もしかしたら明日部活できねぇかも‥と言う三上に、渋沢はそうだなと答えただけだった。
その答え方になんとなく渋沢らしくないと思った三上は渋沢のほうに振り返った。
渋沢は三上のほうを見ずに、ベッドに寄り掛かるように座った。
そのとき、渋沢が小さく溜め息を吐いたのを三上は見逃さなかった。
「渋沢。どうかしたのか?」
「いや、なんでもないよ」
なんでもないと言いつつ、どこか渋沢の表情が晴れてないことをちゃんと見抜いた三上は渋沢の横に座り込んだ。
「おいおい。まさか雷が恐〜いとか言うんじゃねえだろうな?」
からかって言っているのが見てわかる三上の言葉を、渋沢は強く否定しなかった。
「怖いというか少し苦手なんだ」
別になんでもないよと渋沢本人からしてみれば、ちゃんと笑ったつもりだった。
だが、実際は曖昧な苦笑いになっていて。三上の眉間に自然と皺がよる。
誤魔化せていないと気づいていない渋沢はいつものようにコーヒーでも煎れるよと言った。
ゆっくり立ち上がりかけた渋沢の服を、三上は静かに、しかし思いきり引っ張った。
予期せぬことに、もちろん渋沢は体勢を崩し、半ば倒れるように元の位置に座った。
どうかしたのかと三上を見ると、三上は何も言わず渋沢を睨んでいる。


「三上?どうかしたのか?」
渋沢がそう聞いた瞬間、窓の外がパッと明るく光り、大きな雷の音が響いて部屋の電気がフッと消えた。
他の部屋から小さく騒いでいる声が聞こえてくるからきっと停電だろう。
とたんにガタガタと小刻に震え始めた指先をぎゅっと握りしめて笑った。
荒くなりそうな呼吸を落ち着けようと努力する。
落ち着け。落ち着け。
いつもとなにも変わらない。寝る前だと思えばいいんだ。
そう自分に言い聞かせて周りを見回した。
まだ暗さに目が慣れてきてなくてなんとなくにしかわからない。
窓の外にふたたび雷鳴が響きわたる前に動かなければ。
脅えてなんかいられない。
自分はキャプテンなのだから。


「ちょっと様子を見てくるよ」
三上に言って渋沢が立ち上がろうとしたら、服を掴む三上の指先に力が入ったのがわかった。 「三上?」
近くにいるが見えはしない。三上の顔も姿も。
周りは月明かりさえない本当に真っ暗な闇なのだから。
だけど感じる。三上が自分をみていることを。
やっとあたりの暗さに目が慣れてきた。三上の表情がなんとなくわかるようになって渋沢は驚いていた。
漆黒の闇を貫く強い視線。強すぎる視線。
渋沢は知っていた。三上のこの睨み方は最高に機嫌が悪い証拠だということを。
停電が起こる前までは、たしかに機嫌は悪くなかった。
あのときの口調から、この停電や雷のせいでここまで悪くなることはないだろう。
それに自分を引き留めるということは、やっぱり自分が原因だからなのだろう。
しかし、自分はなにか三上を怒らせるようなことをしただろうか?
考えたけれどわからなくて、とりあえず声をかけた。
「三上?大丈夫か?」
渋沢は当たり障りのない言葉を選んだつもりでいたが、火に油を注ぐ結果になった。


ったく、どうしてコイツはこうなんだと怒りを通り越して呆れてしまう。
人のことを心配するなんて余裕なんかないくせに。自分のことだけで精一杯のくせに。
それでも忘れない(のか忘れられないのかわからないが)他者への気づかい。
それが三上が怒っている原因だということに渋沢はまったく気づいていない。
「……………………」
言っても無駄だと思ったのか、あまりにも怒りが強すぎたのか。
三上はため息を一つ吐き、無言のまま渋沢の腕を引っ張り体勢を崩して渋沢の頭を抱き込んだ。
「?!み、かみ‥?」
突然のことでどうなってるのかわからない。
「どう‥したんだ?」
「……………………」
「三上?」
「うるせぇ!いつも全然頼らねぇんだから今くらい俺を頼れ!」














「キャプテン!ちゃんと聞いてます?」
聞いてなかったでしょーと頬を膨らました藤代に、渋沢は苦笑いして謝った。
「あぁ、スマンスマン」
「やっぱり疲れてるんすね?三上先輩が我が侭ばかり言うから」
「いや、支えてもらってるのは俺のほうだよ。三上がいなきゃ何も出来ないのは俺のほうさ」
「えっ?だって三上先輩がキャプテンを頼ってるんでしょ?」
「三上は俺を頼ってくれる。だから俺は三上がいなきゃ何もできないんだ」
意味がわからないという藤代を曖昧にかわして渋沢は部屋に向かった。
今はまだ誰にも言うつもりはないから。

















前の日に、ものすごい暴風雨だったんですが、その時は浮かばず次の日に青空を見て思いつきました。

2002/05/27



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