こんなクリスマス。
 経験なんかしたこと無かったな。
 クリスマスツリーにあったかい部屋。
 まるごとのターキーに、生クリームたっぷりのケーキ。
 そしてクリスマスプレゼント。

 邪馬人、卑弥呼と3人で暮らしはじめてから、はじめて体験することが多くて。


 俺も。


 俺も幸せになって良いのかな。


 無理なことなのに。


 そう思ってしまう。


 幸せは長くは続かないのだと、身をもって知っているはずなのに。


 錯覚しそうだった。あの夜。


 もう二度と。


 訪れない夜。







聖夜







「おい、卑弥呼?」
 リビングのテーブルに突っ伏した卑弥呼をぐらぐらと揺すってみても、反応はない。
安らかな寝息ばかりがかえって来る。
「なんだ。寝ちまったのか」
 つまらなそうに蛮はそう言うと、手近にあったカーディガンを卑弥呼の肩にかけてやった。


 今日はクリスマスイブ。


 仕事も入っていない今日は、朝から卑弥呼の号令のもと大忙しだった。
 パーティーの買い出しから、ツリーの飾り付け。
 張り切る卑弥呼に振り回されながらも、楽しくて。



「お、やっと効いたか」
「は?」
 キッチンに追加のアルコールを取りに行っていた邪馬人は、
テーブルに突っ伏して眠る卑弥呼を見ると嬉しそうにそう言って笑った。
「快眠香。………流石に耐性がついてるだけあって、なかなか効かねぇなと思ってたんだよなぁ」

 にやにやと笑いながら、邪馬人は持ってきたワインのコルクを引き抜いた。
 今日何本目になるのだろう、そのワインは決して安いものではない。

「クリスマスだからいいのよ」

 いつもは財布の紐が堅い卑弥呼も、邪馬人に言われるまま何本もワインを買っていた。

 特別な夜。

 キリスト教徒って訳でもないのに不思議だなと思いつつも、
こんな夜があって良いじゃないと卑弥呼は笑ったんだ。

「………って、邪馬人。自分の実の妹に何やってんだよ」

 快眠香は、嗅いだ人間を安らかな眠りへと誘う。
 どれくらい嗅がされたか分からないが、耐性のある卑弥呼とて朝まで起きることは無いだろう。

「いーじゃねぇか。家族と過ごすクリスマスはこいつも堪能しただろ。あとは、恋人たちのじ・か・ん」
 嬉しそうにそう言って、グラスに満たしたワインを一気に煽った。

「だれが」

「俺と、蛮だろ?」

 さらりと言ってのけてウィンク。
 流石に蛮はすっこーんっと邪馬人の頭を殴りつけていた。

「恋人同士なもんか!」

 叫んでは見るものの、真っ赤になっていてはてんで迫力がない。

「おいおい、カラダだけの関係なんて言うなよ?」

 まだおちゃらけてそんな事を言う邪馬人に、蛮は思わず立ち上がっていた。

「蛮?」

「もう寝る!!」

 くるりっと向きを変えて、ずんずんとリビングを出て自分の部屋へと向かう。

「蛮?………どうしたよ」

 追いかけてきた邪馬人はその蛮の腕を掴んだ。
 構わず自分の部屋に入ると、蛮は邪馬人の手を振りほどいてどっかとベッドに腰掛けた。

 怒っている。

 蛮は明らかに怒っている。

 きっと睨み付けてくるその瞳に、邪馬人は苦笑した。

「………悪かったよ」

 ぽんぽんと頭を撫でて、くしゃりと髪の毛を混ぜる。

「………ホントに。分かってんのかよ」

 そういう蛮に、邪馬人はこくこくと頷いた。

「卑弥呼………だろ」

「………あんなに楽しそうだったのに。テメーの勝手で眠らせて!」

「うん。………ごめんな」

「俺はっ………」

「うん」

「3人で過ごせたら。………それで良いんだから………」

「………蛮………」

 拳を震わせて俯いた蛮に、邪馬人はおそるおそる腕を回した。
 そのままそっと抱きしめる。

 抗うかと思っていた蛮は、邪馬人の腕の中でおとなしくなった。


 優しい、蛮。


 いつもそのぶっきらぼうな口調で、誤解されることの方が多いけれど。

 本当はきっと誰より優しい心を持っている。





「………俺に、次のクリスマスはない」

 蛮が落ち着いたのを見て、邪馬人は蛮の柔らかな髪を撫でながらそう言った。




 宿命




 そんな言葉が蛮の脳裏を過ぎった。


 知っていた。


 邪馬人の抱える大きな宿命は。


 たとえ蛮にも背負えはしない。


 だからこそ3人で賑やかに。


 この思い出を作りたかった。


「思い出をくれよ。蛮」


 ちいさな、ちいさな邪馬人の声に、蛮は顔を上げる。


 今にも泣き出しそうな、俺の優しい恋人。



「他にはなんも。いらねぇよ」





















新参者にも拘らず、読み終わった途端に拉致らせていただいたものです(笑)
いつか終わりがきてしまう幸せな時間。
このときのことはとっても素敵な思い出として蛮ちゃんの胸に残っていることでしょう
吉野サマ、本当にありがとうございましたvv(^^)

2002/12/31 up



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