「ユウナたま、おはよーごじゃいまちゅ!」 「はい、おはようございます。」 目の前には元気良くぴょこんと頭を下げる少女と、その少女と同じ目線まで腰をかがめてにこりと微笑む恋人。
――――――これはどういうことッスか? ティーダは目の前の見慣れない光景に呆けることしかできなかった。
Someday
「あれ、言ってなかったかな?今日はこの子の面倒を見るって・・・・・・」 「・・・・・・・聞いてないッス。」 ユウナがきょとんとした目で首を傾げた。首を傾げるといっても、実際は少女を抱いていたのでそれどころではなかったのだが。 「あんね、“うーたん”ねぇ、みっちゅなの!」 彼女の腕の中で屈託もなく笑う少女に、ティーダは「は、はは」と引きつった笑いを洩らした。
ユウナの主な仕事は、寺院へ参拝に訪れ謁見を希望する民と話をすることである。謁見といっても大したことではない、最近のスピラはどうだとか、今度産まれてくる子供に名前を授けて貰えないかとか、または昔に思いを馳せたりなどのものばかり。そして当然その話題の中にはブリッツのことも盛り込まれていたりする。 教えがなくなったとはいえ、民の信仰心が全く消えてしまったわけではない。その矛先が、エボンや寺院から大召喚士へ変わったというだけのこと。だからこそユウナとの謁見を希望する民は決して少なくはない。一見易く取られがちな仕事だが、実は空いた時間を取ることすら侭ならない、多忙を極める仕事なのだった。
その中、この少女が母親に連れられユウナのもとを訪れたのは昨日のことだった。
「この子のお母さんが、この島の住民だったんだって。」 「・・・・・・“だって”?」 「今はベベルに住んでるらしいんだけど、わたしがビサイドに来る前に島を出た人なの。だからわたしの知らない人なんだ。」 ユウナはこの経緯を丁寧に説明した。どうやら、この島の元・住民が子供を連れて戻ってきたとのこと。そこまではまだいい、ティーダにも理解はできる。しかしそれが何故この子の面倒を見なくてはならないのか、とまでは考えが至らない。 何よりもティーダにとって、これは不快なことだった。なんでよりによって今日なんだよ?せっかく今日は・・・・・・
「久しぶりに俺たちの休みが重なったっていうのにさ。」
ティーダの考えは脳内を駆け巡り、うっかり口からこぼれてしまった。しかしそれがユウナの耳に届かなかったのは幸いだったのかもしれない。それでも彼が何かを言ったらしいということには気がついた彼女に「なぁに、何か言った?」などとにっこり微笑まれてみれば、憐れティーダは 「ううん、なんでもないッス」と微笑み返すしかないのだ。
彼の不快感の理由はもっともなことだった。多忙なユウナに対し、実はティーダも時間を持て余しているわけではない。日々ブリッツの練習に明け暮れ、それでも空いた時間は彼女の仕事に付き合うし、できるだけ一緒にいたいとも思っていた。しかし今はブリッツのシーズンが近いということもあり、彼女と会えるのは朝と夜だけ。恋人同士としては、まさに厳しい現実のもとに今日の休日があったのだ。
それなのに。
「“うーたん”ねぇ、ちってゆよ!」 自分を“うーたん”と呼ぶその少女はティーダを指してけらけらと笑った。 「な、何だって?」 ティーダは子供の舌足らずな言葉に首を傾げた。最初に「みっちゅ」と言っていたことからしてまだ三歳なのだろう、ならば発音が悪くても仕方のないことだ。しかしここまで小さな子供に慣れていないティーダにとっては、これは異国語と言っても過言ではない。今の彼にはアルベド語の方がまだ理解できるのだろう。 「キミのこと、知ってるよって言いたいんじゃない?」 ユウナはくすりと笑って答えを促した。恋人が必死で言葉を理解しようとする姿が可笑しかったらしい。 「てぃーだ!てぃーだ!」 少女はユウナの腕の中からするりと抜け出し、ティーダの足元でぴょんぴょんと跳ねた。あまりにも楽しそうに跳ねるので、ティーダもなんとなく目線を会わせようと腰をかがめれば、少女は待ってましたとばかりに勢いよく彼の首元に飛び込んできた。 「わ、わぁかったッス!えーと・・・・・・」 そういえばこの少女の名前はなんなのか。本人は“うーたん”とは言うが、子供の発音だ、おそらく違うのだろう。 「この子、ユウちゃんっていうのよ。」 「そっか、ユウか。」 ユウナの助け船にティーダはすぐにその名前の由来に気づいたが、それにはさっくり無視を決め込み少女を軽々と抱き上げた。
―――――お姫さまがもう一人増えたと思って割り切るしかないッスね。
今度の呟きもユウナの耳には届かなかった。届けば何かが変わっていたかもしれないのだが。
ティーダはプロのブリッツの選手だ。途中で試合を放棄するなんて考えられないし、ましてや勝利に対して諦めるなどとは言語道断だ。過去にユウナの真実を知った時だって、諦めるものかとひたすら前に進んで行った。 その彼がそう時間もかからずに「参りました」と頭をたれたのは、げに恐ろしきはお子様パワーといったところか。
ユウ嬢のおねだり攻撃はティーダの予想を遥かに上回るものだった。 「うーたん、あっちいきたい。」 「うーたん、あれたべたい。」 「やっぱりこっち。」 「これじゃなきゃヤなの!」 あれがしたい、これがしたい、あれがほしい、これがほしい、あれやって、これやって・・・・・・なんスかこれは!?ティーダはがっくりとうな垂れた。自分だって子供がどんなものか知っている。大体にして自分だって子供だった時もあったのだ。しかし、この現実はどうだ。お姫様がもう一人?冗談じゃない、これじゃ女王様だ。 ティーダにとって一番の災難は肩車をせがまれた時だった。大人しくつかまっててくれればいいものを、金色が珍しいのか髪を鷲掴みにして引っ張るのだ。柔らかいわりにさらさらな髪をユウ嬢はいたくお気に召したようで、一度掴むとなかなか離してはくれなかった。さらに子供は力の加減というものを知らない。小さな女の子とはいえ、無抵抗のティーダにとってはひたすら自分を痛めつける悪魔にも見えたかもしれない。 その光景を横から微笑ましく見ているユウナは、ひっそりと流れるティーダの涙には気づかなかったらしい。そもそもこの少女はユウナに対する礼儀はきちんとしつけられているのか、彼女を「ユウナたま」と呼ぶのだ。それに対しティーダのことは終始「てぃーだ」のままだった。
「あんね、うーたんねぇ、おっきくなったらブリッツするのよ。」 この言葉だけは、ティーダにとってせめてもの救いになった。 そうか、ブリッツが好きなのか。だからオレのことも知ってるんだな。良い子じゃないか!
もっとも、再び髪を引っ張られるたびに、その考えは異界の彼方へと飛んで行ったのだが。
ティーダがボロボロになり、小さな女王様が遊び疲れて寝息を立て始めたのは夕刻近くになってからだった。
「なあ、思ったんだけど・・・なんで俺たちが子守りすることになったんだ?」 すやすやと寝息を立てる少女の横でぐったりとした声でティーダは尋ねた。今更のような疑問だが、彼の中では全く納得のゆくものではなかった。それほど、彼の疲労はピークに達していたらしい。 「この子のお母さんもルールーやワッカさん達と積る話もあるだろうから・・・わたしがお預かりしましょうかって言ったの。」 さも平然と言ってのけるユウナには悪意のかけらも見当たらない。ブリッツより厳しい子守りも、結局は恋人の申し出とくれば文句は言えない。結局ティーダは「そうですか」と溜め息をつくしかなかった。 しかしその溜め息に気を悪くしたわけでもないだろうに、なぜかユウナは俯いてしまった。
「ユウナ・・・・・・?」
呼びかけてみても顔を上げる気配はない。まずい、オレまた地雷踏んだかな?ティーダの背中に冷ややかな汗がつつつと流れた。しかしそれは彼の杞憂に終わり、間もなくユウナはぽつりと話し始めた。 「あのね、わたし子供と遊ぶことってほとんどなかったの。ビサイドにも小さな子はいたけど、シンがいた時は本当に楽しいことなんてなくて、ある意味幸せじゃない子たちばかりだった。それに、わたし自身の未来にも夢見たことがなかったし。」 「うん・・・?」 彼女は何を言おうとしているのだろうか。ティーダには見当もつかなかった。ただ、彼女がたどたどしく話すことは決して後ろめたいものではないということはわかる。気になるのは彼女がまだ顔を上げないことだった。 「それでね、その・・・・・・今のスピラを生きてる子供って、本当に幸せなのかなって気になっちゃって・・・あ、違うの・・・・・・というか、その・・・・・・」 「その、何?」 「その、あの・・・・・・」 ユウナの言葉はだんだんと歯切れの悪いものとなり、声も小さくなっていった。何かおかしい。ティーダは少し心配になり、俯く彼女の顔を覗きこんだ。 そこでティーダの目に映ったのは―――――真っ赤な顔をした恋人。
「ユ、ユウナ・・・・・・?」 「あ、あのね!もうシンはいないわけだし、わたしもここで生きてるし、だから、だから、だから、」 真っ赤な顔をして必死に言葉を選ぶユウナだったが、なかなかその次が続かない。ようやくティーダがその続きを聞くことができたのは、彼女が「だから」を十回も連発した後だった。
「わたしに子供がいたらどんな感じなのかなって。お母さんってどんな感じなのかなって。」
言い終えて赤い顔を両手で隠してしまったユウナを、ティーダはまるで他人事のように見つめていた。その間に合点のいかない頭でゆっくりと彼女の言葉を反芻してみる。そしてなんとか辿り付いた結論がこれだ。
つまり、彼女がティーダと過ごす休日に少女を預かったのは、母親気分を味わってみたかったからと。 その気分をあえてティーダと一緒に味わってみたかったと。
―――――オレと一緒に?
そういうことだった。
「ユウナ・・・・・・」 「や、やだもう何も言わないで!」 勢いとはいえ恥ずかしさを吐露してしてしまった彼女の耳に、「まだ何も言ってないッス」というティーダの言葉が届くはずもなく、ユウナはますます赤くなった顔を両手で覆ってしまった。 ユウナが恥ずかしがる理由は明白だった。つまるところ、いつか自分が母親になるときはティーダも一緒にいて欲しいのだと。言葉こそは違うが、彼女の顔色はまさにそれを物語っているのだ。
「あのさ、ユウナ。」 「やだ!もう何も聞きません!!」
完全に狼狽しきっているユウナには何を言っても無駄だった。ティーダが口を開こうとするだけで首を横に振り、あげく彼女は顔を覆っていた手で今度は耳を塞いでしまった。 そんなに恥ずかしがられるとこっちも恥ずかしいんだけど、などとこっそり思うティーダだったが、仕方ないッスという溜め息とともに彼女の顔を強引に自分に向けさせた。 一瞬、体温が上がりすぎたためか多少潤んだ彼女の瞳に理性を手放しそうになる。 しかしなんとかこえらえると、ゆっくりと彼女のちいさな唇に自分のそれを重ねた。
自分だっていつも思うことはユウナと同じだ。 彼はそれをたった一言で囁いた。
「いつか、な。」
変わらず耳を塞いでいた彼女に、この言葉が届いたか否かは本人しか預かり知らぬところ。しかしそれは口づけの効果なのか、それとも赤い顔をこれ以上見られないための苦肉の策なのか、大人しくなったユウナは彼の胸にゆっくりと顔をうずめた。
―――――これは今日の親父役のご褒美ということで。
ティーダは彼女の髪を一房手に取ると、優しく口づけ――――今日の疲労など忘れたかのように満足げに笑った。
さて、ここからは余談になる。 迎えに来た母親に向けた可愛い娘の第一声は、その場を見事に凍りつかせるものだった。
「あんね、ユウナたまとてぃーだね、なかよくチューちてたの!」
げに恐ろしきはお子様パワー。真っ赤になった大召喚士と引きつり笑いのガード、この対称的な二人に母親はかける言葉が見つからなかったという。
END
2004/09/09 up
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